みみのまばたき

2006-2013 箕面の音楽・文学好きの記録です。

「ある風景の中でin a landscape」presents 鈴木昭男『耳の道場』@京都芸術センター

nomrakenta2009-10-04



明倫小学校をスクワットしたような京都芸術センターで開催されているサウンド・アートの展覧会「ある風景の中で in a landscape」を観てきました(タイトルはやっぱりJ.ケージの、あの曲でしょうか)。
目玉は、予約をしておいた関連イベント:鈴木昭男のパフォーマンス『耳の道場』。あの「アナラポス」が聴けるならば、これは行かなければ、と。


展示もおもしろくて。
藤枝守の「宙づりのモノコード」は天井から吊り下げられた9本の長いピアノ線の各所に金属片がとりつけられていて、それが微弱な電流を受けて振動し、ピアノ線じたいがふるえ出す。これが9本振動して、部屋はまるでひとつの楽器のように、うっとりと知的なドローン体になる。


梅田哲也の展示は、物置部屋スペースを、気の置けない仕掛けたちがさばえす空間に変
えていた。変えていたといってもそれは、音の出る仕掛けに意識がフォーカスしてやっと、それとわかってくる、作品が展示されているのか物置そのままなのかちょっと見ると判然としない空間であって、これにはちょっとだけ、在りし日のブリッジを思い出させるものがあって、クウッときた。
展示の名前は「しろたま」というもので、なるほど入ったすぐのところに大きな白い風船が天井近くで上下運動を余儀なくされていて、風船のてっぺんにつけられた手押しベルがチキナチキナと鳴る仕掛け。それから、黒板には、わざと消し残された「梅田さん 荷物届いていま(す)」の文字。水を満面とはられた横長い流し(小学校によくあったヤツ)の一方から、ガス栓からくるホースが沈められてその口から、間欠的にボコっとガスを吐き出す。水面の向こう端では、小さな皿が無数に水面に浮かべられていて、ボコっ、のたびに伝わる波に揺られてお互いにふれあってカチャカチャと涼しい音をたてる。
その横では床ブラシを足をつけた発電機(にみえたもの)が、これも間欠的にブゴーといって匍匐右往左往する。部屋の奥では、扇風機が緩やかに羽根のかわりにとりつけられた金属線を回転させ、鉄線がスポークに触れあう幽かな音がしていた。書き出せないだけで、まだちょっと笑ってしまいたくなるほどに、いたいけな動きをする仕掛けは、まだあといくつかあったと思う。
そんなふうに、部屋の中すべてが、柔らかい機械となって、それほど忙しくなるわけでもなく全体としては抑制された歓喜の胞子を散布していた。先日のエントリーではないけれど、「蟲」供養を通りこして「蟲」は無機物にも拡張されているし、これは供養ではなくて、命を吹き込んでいるのだった。

梅田哲也のサウンドインスタレーションの現代美術的な様子のことを考えてみると、それらは、ジャン・ティンゲリーよりも柔らかく優しげで、今村源が作っていた動きと音の出る作品のもつ男性的な受動性(?)と同じ佇まいをしていると思う。さらに、それを展開した感じといえるかもしれない。アッサンブラージュのオブジェ・センスも、今村源的というか、初期のトニー・クラッグ的ないたずらっこ感覚がある。異質な素材同士が激しく異物感を叫び合っているわけでもなく、みっしりとコンストラクトされているわけでもなく、いってみれば隙間がいっぱい空いている感じだと思う。

イベント最初のパフォーマンス『はじまりの冒険』も見たかったのですが、生憎、すでに定員オーバーでした。


**

目玉の鈴木昭男のパフォーマンス『耳の道場』は、講堂の中の和室の大広間で行われた。

70年代に名古屋駅ホームの階段にもの投げる行為から、その音への向き合いの旅をはじめた(とされる)、日本が世界に誇るサウンドパフォーマー鈴木昭男の、1975年〜2001年にかけての音の軌跡を2002年にリリースされた『Odds and Ends ―奇集』で聴いたとき、それはなにかのピークだったと思う。それはどんな現代音楽の美学的縛りからも自由で、漏れ落ちたような音じしんの生態を閉じ込めているように思えた。
そのあと、ビデオ作品「もがり」を見て、音が会場に立ち上る空間に甘い震えを感じた。そのあと『高貴寺ザ・ライブ第11回Final:百千万秋楽』というCDの中で磐笛の音色が雨音に溶け入るのを聴いた。このCDには、鈴木昭男による「これを聴いて、ただの雨だというやつは、耳を引きちぎってやる。」というちょっとおっかない言葉が帯に刷られていた。
2007年に出たCD『k7box』は、とてもクリアな音でアマラポスの音を記録していて、いってみればトータル感がある。

K7box (カセットボックス)

K7box (カセットボックス)

そんな極私的な鈴木昭男リスナー歴はいい加減にしておいて、今日の『耳の道場』ですが、主催者側の男性が両手に持った石を打ち鳴らすことではじまりました。

最初、鈴木昭男はお客の背後の襖でみえない廊下で、紙を裂いたり、ビリヤードの玉かビー玉かとにかく球状の物体をバラバラと落とすような音をして道場内の音景を、まず異化してみせた。
やがて室内に登場した鈴木昭男は、白い顎髭をきれいに整えて、丸い帽子をあたまにちょこんとはめて、恥ずかしそうに話すキュートなおじいさんであって、若い女の子からMCのたびに愛に満ちた笑いを向けられていたのは至極真っ当なことに思えるのでした。

伝説の自作楽器「アナラポス」は、今更いうまでもなく、二つの黒い鉄筒をチューブでつないだ、ようするに特大の糸電話的形態の音具ですが、初めて生で聴く「アナラポス」の音は、深く木霊を呼んで、深海のような洞穴のような、あるいは宇宙の果てにいるようなエコーの中で、音の粒子が湧き出でるままに、すっと聴衆を瞑想へ誘ってしまうのでした。柔よく剛を制すということばがなぜか想起される。加えて言うと鈴木昭男が、アナラポスを口にかざして吹くその立ち姿は、非常に無駄無く・力み無く・いってみれば美しいものだった。

 60年代のぼくは、自然を師としてさまざまな地形をたずね「エコー・ポイントを探る」という自修イベント(Self-Study Event)を行っていた。自然に音を≪なげかけ(Throwing)≫る、山彦遊びのことであるが、あるとき≪室彦(むろびこ)≫ともいえる楽器を創作してしまった。
 「負うた子に、道を教えられ。」のたとえのように、このエコー・インスツルメント"アナラポス"は、今も何処かへとぼくを導いてくれている。
――『Odds and Ends ―奇集』のライナーノーツより

次に、ホテルで手にいれたという櫛とタイから持って帰ってきたというプラスチックのタンブラー、それからタムタムドラムを使って即興演奏中に、とつぜん円になって座った聴衆の中で、トランス的な踊りをし始める女性がでてきた。鈴木昭男は太鼓で踊りと唱和してみせた後に「道場破りに入られてしまいました。看板をもっていってもらわなくちゃ。」と言っておられましたが、しかし、これはあとで、やはり「仕込み」であったことがわかったのですが、天岩戸開きの光景でも見ているかのような感じでもありました。

イデオロギー以前に留まりつづけて、音を本源的なところ(これは観念ではなくて、音のするモノとの「出会い」を指していると思う)から、たちのぼらせ続ける。

これはこのブログのタイトルに関わることだけれども、パスカルキニャールは「音楽への憎しみ」を書くまえに、鈴木昭男の演奏を観る聴くべきだったろう。
手に触れるものを、とりあえずは叩いてみて、あるいはひっかいてみて、響きを探り、鳴き声を導き出す、凝り固まる前の大きな不均衡の状態をそのまま出してくる演奏。


世界が振動に満たされていて、音楽するとは、その小さな振動を目の前に取り出してフレーミングしてみせることだ。音は「ある風景」を異化しもするし、深く浸透していって風景そのものを中から変えてしまいもする。そこまでは、誰でもたどりつけるのかもしれない。

鈴木昭男がすごいのは、たぶん、そこで強張ってしまったりせずに(多少、呪術化はあるかもしれないが)、少なくとも音の鳴る現場(ある風景の中)には、概念的なものなど何もなく、とてもはっきりと具体的だということと、音への方法なり作品が存立することと、風景の中に解消してしまうことはほとんど紙一重であることを、音のその場その場を起動しては糸の絡まりを解くように壊してみせ続けることで、身をもって示し続けるからだろう。

そして、その振る舞いが必ず、最初なにか素っ頓狂で間が抜けたおどけた風情があって、おもわず微笑をさそってしまうものであり、そのうちに笑いがおさまるころには、なにかじっくりと音の中に身を浸してしまっている。おどけた入り口と神妙な途中と出口。これらは不離なものとして、おおむかしから音楽の肝だったのではあるまいか、とさえ思ってしまうくらいに。


演奏が終了、いったん挨拶をして、誰もが会場から去ったと思ったあとに、観衆の背後の襖からあらわれ、閉会の儀を両手の石を打ち鳴らして告げる鈴木昭男は、MCの間に、村上春樹の「1Q84」を「いくわよ」と呼んで笑いをとる人でもあったのでした。

いろいろ動画があるみたいだったので。





この秋から年末かけての備忘メモ(平日ばかりだ…)
http://www009.upp.so-net.ne.jp/malaparte/kanbaikan/ka_musicfes/ka_musicfes.html