みみのまばたき

2006-2013 箕面の音楽・文学好きの記録です。

『マイ・フェイバリット』@京都国立近代美術館と『ELECTRIC CHINO TRIO!』@中崎町コモンカフェ

nomrakenta2010-05-01



連休中に会期が終了してしまう、および4Fの展示が凄いとIさんの奥さんにきいたので、いそいそと京都へ行って、『マイ・フェイバリット——とある美術の検索目録/所蔵作品から』をみてきました。

京都国立近代美術館のお蔵だし、ということなのだと思うのだけれど、所蔵品のなかでも分類が困難だった「その他」の作品をあるまとまりとつながりのなかで展示したもの、の様子。
3Fでは、マルセル・デュシャンの「三つの停止原基」、「秘めた音で」、それからとクシュトフ・ウディチコいう作家の素っ頓狂なデザインの「ポリス・カー」というプロジェクト、宮島達夫の作品が良かった。
むかし、現代美術をたしかに今より好きなころ、ひとが現代美術ってわからないという顔をすると切なくなったし、おもしろさを説明しようとしていたこともあったのだけれど、今は自分自身からも憑物が落ちてしまったようで、「わからない」というひとの気持ちもよくわかるし、自分も「わからない」作品の前で難しい顔をして5分ほど立ち止まるということをしなくなった。そのかわり好きな作家の良い作品の前に立つと10分くらい動けなくなる。
そういう意味で、今回、個人的に観れて良かったのは、やっぱり4FのDADA関連の資料周辺。
クルト・シュヴィッタースの糸玉をくっつけた油彩は、昔から常設でみて知っていたけれど、その両脇のコラージュ2点は知らなかった。多分シュヴィッタースのコラージュのなかでも最良の部類なんじゃないだろうか。右は段ボールの上に広告素材を貼り付けて構成したコラージュで、あらゆる広告断片の色価・形態素の声を聴くことが出来た(としか思えない)シュヴィッタースの美しい部分が良く出た小品。左は「赤の上の赤」というタイトル(だったかと)の赤の印刷物のボリュームと濃淡で空気のようなコンポジションを醸している小品。こんなの隠し持っていたなんてえー!
それだけではなかった。なんとシュヴィッタースが創刊した雑誌『MERZ(メルツ)』までが資料として所蔵されていたのでした。黒の踊るようなタイポグラフィを、蛍光オレンジの帯が一閃するように横切る。これがほぼ90年前のグラフィックデザインなのだから、デザイナーたちはシュヴィッタース以降、呆けていたか遊んでいたのだとしか思えない(暴言)。おおっこっちには有名な詩集『アンナ・ブリューメ』まである!
しかも、これもまたフェイバリットな作家ハンス・アルプも充実していた。単純かつ有機的な線でつくられたグラフィックは静的でありながら蠢動しているようでもあって、見ている自分のなかでいろんな線が動き出すような感覚を意識してしまう。しかも展示にはシュヴィッタースの『MERZ』がアルプの版画集を企画した号まであり、7点のおそらくリトグラフは「へそびん」「口ひげ帽子」「口ひげ時計」といったユーモラスな名前がついていておもしろい。とくに「口ひげ時計」はデザインは知っていたけれど現物を観れるとは。
他に『ダダ大全』なんかもあったし、未来派の資料もあったし、フルクサス関連の資料も豊富だったのだけれど、上記のシュヴィッタース、アルプ関連だけでお腹いっぱいではありました。それにしてもこんなにまとまったコレクションがあったのか…こんどシュヴィッタースとアルプ展をやってほしいです…。

シュヴィッタースとアルプの仲の良さは、二人の作風からも伝わってくる何かがある。また、平井正が同時代・同時進行の二つのムーヴメントを圧倒的な史料を駆使して描いた名著『ダダ/ナチ ドイツ・悲劇の誕生(三分冊)』にも、シュヴィッタースは詳細に描かれていて、アルプとの仲の良さが伺えるエピソードがある。特に、ベルリン・ダダに加わろうとアルプと連れだってジョージ・グロス宅を訪れたシュヴィッタースグロスに冷たくあしらわれてしまう(直後にシュヴィッタースも、とてもシュヴィッタースらしい反撃をする)シーンはなぜか大好きなくだり。

アルプがベルを鳴らした。ドアが開いて、グロスが姿を現した―だが彼はシュヴィッタースを目にとめると、シュヴィッタースには嫌悪感を抱いていたので、「グロスさんは不在です」と言って、二人の鼻先でドアを閉め鍵をかけてしまった。二人は階段を降りると、シュヴィッタースはアルプに「ちょっと待ってくれ、忘れ物をした」と言って、また階段を上っていった。アルプは彼を追ったが、シュヴィッタースは改めてベルを鳴らした。再びドアが開き、グロスが姿を現した―そこでシュヴィッタースが大急ぎで言った。「あなたにただこう言おうと思ったのです。私はシュヴィッタースではありません。」そう言い終えると、彼はおだやかにアルプと一緒に立ち去り、いずれにしてもいささかあっけにとられているグロスを、そのまま置き去りにした。
――平井正:『ダダ/ナチ ドイツ・悲劇の誕生(1)』p.416

美術館を出たら穏やかな午後の日差し。疎水沿いの道を歩いて四条に向かった(エントリートップの画像)。


夜は、大阪に戻り中崎町のコモンカフェ千野秀一さんのトリオ(千野秀一-elec.piano 楯川陽二郎-dr 稲田誠-Elec.Bass)の演奏を聴く。

千野さんの使う電子ピアノ「エレピアン」のいかにもヴィンテージな風貌がまず目にとまった。音もいかにも60-70年代の電子音楽的なムニュオーンという音がしている。
これでジャズが可能なのか!とちょっと驚きましたが問題なくスウィング。

曲はカーラ・ブレイ、オリジナル、アネット・ピーコック、オーネット・コールマン、またカーラ・ブレイ、オーネットと言う感じだったけれどオリジナルなどがどの程度混ざっていかは不明。とにかく千野秀一さんがジャズをやるときの選曲センスが大好きです。特に今夜も演奏してくれたオーネットの『Peace』は、千野さんトリオによって曲の良さがわかるようになった曲。もう一つのオーネット曲『Lonely Woman』は、正直、曲終りに千野さんに解説されるまでわからなかった…ドロドロしたベースラインで気づかないといけなかったか。
2ステージめの一発目から、「エレピアン」のシールドを、ブリッジでもよくお見かけした電気技師のかた(お名前がわかりません)のものに交換したせいもあってか、それまで多少じゃみじゃみとモアレを含みこんだ感じの音だったのが、照準が定まったように全開の疾風になっていた。
アンコールのセロニアス・モンクの『Shuffle Boil』は、このジャズ・トリオがMC5であるかの如きカオティックな爆発だった。
千野さんのジャズなら毎月聴きたいと思ってしまう。
あと、カフェ内に「天然自笑軒」さんが料理に入っておられて、先日の「(ぶん)」でルーは目の前にあるのにご飯がアウトオブストックということで悔し涙を流しながら諦めた特製カレーを、今日はいそいそと頂きました。ココナツとイカのカレー、おいしいリベンジ。というわけで、けっこういい夜でした。