鳥カゴなら、逆さに向けて:DVD『Birdcage』、ミミ・ジョンソンの『LOVELY MUSIC』
Birdcage: 73'20.958" For a Composer [DVD] [Import]
- アーティスト: New England Conservatory Orchestra
- 出版社/メーカー: Musicavision
- 発売日: 2015/05/05
- メディア: DVD
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さすがに生誕100周年の年も年末に近づきつつあると、私のような年中ケージ、ケージと書いている者でも、ケージ関連の言説に食傷気味になってきてました(自分で驚いたのですが)。このDVDも、入手してから一か月くらい放置していましたが、昨日部屋の整理を一息ついたタイミングで観てみると、これが非常に優れた「ジョン・ケージについての」ドキュメンタリーになっているのに気づき、おそらくこれ以上に貴重映像満載かつ映像作品としてもひとつの呼吸を備えている作品は、今後も出ないだろうとまで思いました。
さすがはWERGO。ケージ関連の重要作は必ず掘り起こしてくる。手腕プラス使命感といったところですか。
1972年に、ドイツの放送局がドナウシンゲンで上映するために作成されたドキュメンタリーの様子。
「フィルムコラージュ」と銘打っているだけあって、ベタに説明的な進め方は採用しておらず、テープと電子楽器によるコラージュ音楽作品『Birdcage』をAlbany studioで技師たちの協力のもとで製作するケージの姿を軸に、かなり奔放にシークエンスを配置して風通しが良い。
特に冒頭と最後の電子音楽バックに激しめに展開する短い映像コラージュは前後を引き締めるアクセントになっていた。
冒頭のシーンで、ケージは九官鳥に「僕はジョン。君の名前は?」と執拗に尋ねる。この部分の音声は、作品『Birdcage』の最初でも使用されている。Youtubeに全編があがっているので最初の部分だけ聴いてみてください。
チャイナタウンで、木の鳥カゴを買うケージ。
部屋に戻ってから、籠の底板を外してどうするのかと思えば、籠を逆さに向けて天の開いた花形の燭台のようにして台に接着剤で固定する。椅子の脚を、逆さになった鳥籠の中に突っ込んで重みをかけてさらに固定する。しばらく経って、形の定まった(でも、ちょっと傾いてる)のを確認して「よしっ」という満足気な表情。おもむろに台にサイン(あの優雅で独特なレタリング)。レディ・メイドの出来上がりというわけ。
ケージのデュシャンごっこは微笑ましい。
逆さに向けた鳥籠は、世界中の鳥を閉じ込めないための籠か。
初心者にも最適と書いたのは、上述のような微笑ましいシーンもあり、初期の「プリペアド・ピアノのためのソナタとインターリュード」を、ケージから捧げられた当人であるピアニストMaro Ajemianが、ケージ本人とプリパレーションを相談しながら、おそらくはケージ自身のロフトで演奏するシークエンスが含まれているし(Maro Ajemianはこの映像の5年後の1978年の亡くなっている)、また、代表的な作品の初演当時の貴重なモノクロ映像も織り交ぜていたり、マース・カニングハムのダンスカンパニー(マースと女性ひとり)の稽古シーンもある。
デュシャン未亡人のティニー・デュシャンとチェスをするケージは、未だタバコもワインも飲んでいる。おまけにジョンとヨーコの夫妻との打ち解けた食事のシーンまで挿入されている。
70年代初頭のケージ周辺の、なんというのか熟れきって親密なシーンを少しだけ感じ取れるのではないだろうか、と思うから。
作り方自体がとても緩やかで、ケージという作曲家の雰囲気にもマッチしている。重く見せすぎない。
映画自体の作り方もケージを模倣することで、映画そのものを「作曲家のための73分」と呼ぶ契機を呼び込んだのか。
最後に、ケージが「これはテレビ?」インタービュアーがそうだと答えると「じゃあ出来上がりは見れないな。私はテレビを見ないから」といって画面一杯に大写しになるあのケージ・スマイル。
これでケージという作曲家に好ましい印象を持たないという人は少ないんじゃないかと。
すでに専門的で微妙で微細な問題に分け入ってきている(それも重要ですが)ケージ関連書を読んで、拒絶反応を起こすかあるいはわかった気になるよりも、先ずはこのDVDを見て雰囲気をつかむのも損じゃないと思います。
*
あと、これは非常にマニアックですが、ケージのマネージャーとして航空券の手配をしたりする若きミミ・ジョンソンを見ることができます。
彼女が、なんというか、もう本当に可愛いのです。ケージを本当にお父さんかお祖父ちゃんと思っていたのではないだろうか。
『回想のジョン・ケージ』でのインタビューでもミミだけがついに涙ぐんで言葉を失っていた。
- 作者: 末延芳晴
- 出版社/メーカー: 音楽之友社
- 発売日: 1998/12/10
- メディア: 単行本
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ジョンが私のことを気に入って、ニューヨークに来る気があるなら、僕のところで働いてほしいと言われて、それで気持ちが固まったのね。最初は、バンク・ストリートにあったジョンのアパートで仕事をしたわ。でも、ジョンのアパートは広くなかったし、私も、ジョン以外のパフォーミング・アーチストの仕事を友達と共同でやることになったりで、ジョンのアパートのすぐ近くにオフィスを借りて、そこで働くようになったんです。ジョンは、一人の人間が自分のために二十四時間割いてまで仕事をしてくれることを望むような人ではなかった。人から自分を犠牲にしてまで尽くされることを嫌がっていましたしね。だから、私にも、他のアーチストや組織のためにマネージメントやエイジェントの仕事をして、助けてあげるようにアドヴァイスしてくれたのね。それが「アート・サーヴィス」(リンク先のページに若い頃のミミが写った写真がある)を始めるきっかけになったんですね。
――『回想のジョン・ケージ』175ページ
そして、この仕事が「LOVELY MUSIC」につながっていったわけですね。このインタビューで回想される時期が1972年頃であり、まさに、DVD『Birdcage』に映しだされている風景だということです。
この時期のミミ・ジョンソンは旦那さんになるロバート・アシュレーとも出会っていたのだろうか。幾多のアメリカ実験音楽マスターピースをリリースすることになる現代音楽レーベル「LOVELY MUSIC」は準備中だったろうか。そんな事も考えてしまう。
『LOVELY MUSIC』がリリースしてきた名盤の数々…。
このブログでも何度もあげさせていただいています。確実に、僕の感性を育ててくれたレーベルです。
レーベル名の「LOVELY」がポストモダンな皮肉でもなんでもないのであって、本当にミミ・ジョンソンが愛してやまない作曲家たちの、正直な音楽であること。
作曲家たちは、作り出した音楽によって誰にでもわかるように彼らの主張を表そうとするのよ。それぞれの曲が、その作曲家が愛し、理解し、敬うものを表している。彼らは曲を通して語りかけてくるとき、本当に正直になるのよ。
――ミミ・ジョンソン
「何年か前、ミミ・ジョンソンという若い女性経営者が持てる資金をその心のつぎ込むことを決意した」と紹介されているこの記事。1979年12月発行の『ロック・マガジン』28号の記事である。あの、つい最近元編集長で伝説のロックライター(テクノポップという言葉を作ったとか)が、なんとも残念な事件を起こしてしまって真実がどうであれゲンナリしてしまいましたが・・・。
表紙はブライアン・イーノ。アメ村のまんだらけで偶然見つけて救出しといたブツ。ニューヨーク特集で、アート・リンゼイのDNAやB-52's、トーキング・ヘッズ、クランプス、クラウス・ノミ、パティ・スミスにジョン・ケール、ZEレコーズ、フィリップ・グラスなんかの並びに、Lovely Musicの特集記事も掲載されている。特に「ニューヨーク・ロッカー」誌からの転載だがファーストアルバムをリリースしたばかりクランプスのメンフィスでのライブ時のインタビューは傷み具合が最高でイケてます。