みみのまばたき

2006-2013 箕面の音楽・文学好きの記録です。

『モールス(Let Me In)』、友川カズキSOLO@ワイルドバンチ

15日(土)

知り合いの家の改装手伝い。朝からだったのに寝過ごし、昼から参加。
昨年、京阪の丹波橋の古い町屋を借りたこの知り合いは、時間をかけて改装を施しておられる。この土曜は、二階の天井裏にグラスウールの断熱材を敷く作業だった。屋根裏にあがると自分にとっては「ひじょうに」細いと思われる梁(…)の上を動くのが、自分にとってはひじょうに難しくてあまりお役には立てず。そして、それでもしっかりと肉離れの翌日(と、翌々日…)。



16日(日)
梅田のガーデンシネマに映画『モールス』を観に行く。

ヨン・アイヴィデ・リンドクヴィストの小説『MORSE -モールス-』(原題 Låt den rätte komma in (英: Let the Right One In)※この小説タイトルは作家がファンだという「モリッシー」の曲が由来らしい)の二度目の映画化である。

原作の最初の映画化は、スウェーデン映画『ぼくのエリ 200歳の少女 (Låt den rätte komma in/Let the Right One In/2008/Tomas Alfredson)』で、この『モールス』は映画的なインスピレーションを前作から良い意味で引き継いでもいる、という意味でリメイクである、ともいえるのかもしれない。

スティーヴン・キングの「ジャンルを超えた金字塔である」「過去20年間における最高のアメリカのホラー映画である」など、派手な惹句が若干目ざわりだが、おすすめしたいのは、『ぼくのエリ』も観ることだと思う。どちらを先に観てもかまわない。自分じしん原作は今から読みます。

どちらを先に観てもかまわない、と書いてみたのは、本作がある程度の水準に達しているからで、要するに「リメイク」ということばが(評判のよろしくなかった前作を挽回するようなニュアンスでの)「再映画化」を意味するなら、この映画は「リメイク」ではない、ということが結果としていえるのであって、同じ原作を元にした異なるヴァージョン、異なる「語り直し」だといえる(のかもしれない)。

ヴァンパイア版『小さな恋のメロディ』にして新味のホラーという属性より、なによりも北欧の風景としっかりと結合した美しい映画といえることのほうが喜びだった前作を、この「リメイク」作は舞台をストックホルム郊外から、アメリカニューメキシコ州ロスアラモスに移して最大限質的な部分も担保したうえで再話してみせた、といえる。これには、監督にはそれなりの覚悟があったはずで、役者たちに前作「ぼくのエリ」を観ないように指導したとのことだが、そういったメンタルな配慮もそれなりに成果があがっているのだと思う。

たとえば、冒頭からの語り出しを2週間のリバース形式にしてみせたのも、前作の近所の夫婦(奥さんが吸血鬼に咬まれる)周辺の小さなコミュニティの描写をカットしてそのかわり刑事のモチベーションと動きに重みをもたせたりしたのも特におかしな印象は与えないのは、全体として筋が通って均衡がとれているからだろう。とはいえ、これから原作を読むのでこんな比較もあるいは良くないのだけれど(※11月10日時点原作は読了ずみ)。
数か所の吸血鬼の動きだけ早送りみたいなのには驚いたが、とにかくアビー役のクロエ・グレース・モレッツ(「ぼくのエリ」より適役かもしれない)やオーウェン役のコディ・スミット=マクフィーや刑事役などのキャスティングは非常にはまっている。

邦題の『モールス』はモールス信号の意味で、オーウェン(コディ・スミット=マクフィー)がアパートの隣室に引っ越してきたアビーに教えて壁越しにやりとりするもの。これは最後のシーンでも重要な意味を持っていて、このラストシーンでのモールス信号は、粉川哲夫氏の【シネマノート】によると「KISS」という意味になるとのこと。このあたりの細かさは予備知識として持って観たほうが味わいがあるかもしれず、『ぼくのエリ』でも変わらず重要な要素になっている(あるいは『ぼくのエリ』のほうがやはり美しいかもしれない)。
ただ一点、なぜ時代設定が1980年代なのか判然としなかったのが、帰って以下のWikiを読んで納得がいった(しかし観てるときはピンと来なかった)。

映画が「善と悪」というテーマを模索する上で重要な役割を果たした。リーヴスは時代設定の象徴としてロナルド・レーガンの「悪の帝国」のスピーチを引いた。「レーガンの『悪の帝国』のスピーチやそういった見解を持つ人たちの考えは、『悪』が自分たちの外部に存在するというものだった。『悪』は『向こう側』で、すなわちソビエトだった」。リーヴスはこのアイディアが主人公オーウェンの中核になると考えた。「彼はこのかなり悪しき、しかしあの頃のアメリカの町にあった考えや敬虔さに立ち向かうことになる。そこになじめるだろうか。頭が混乱していて、12か13歳で、毎日自分を恐怖にさらしているあの子たちを殺したいと、その意味も解らず思っている自分をどう思うだろうか」[18]
――WIKIの記事

実際、80年代のアメリカの田舎の心性とファッションは、この物語の再話にはマッチしていておもしろいとはいえ、このあたり、前作「ぼくのエリ」のほうが説明不要のドラマと映像の完成度だったと想起するのは、やはり原作の舞台に忠実だったからなのかもしれない(※と、偉そうに書いていてイタイかぎりですが、原作を読んだ人ならだれでもわかるとおり、元の物語じたい、80年代のスウェーデンを舞台にしており、それは細部のデティールからいっても重要な問題になっている。原作を読まずに映画を語るのはやめておいたほうがいいという、見本になってしまいました)。

ぼくのエリ 200歳の少女 [DVD]

ぼくのエリ 200歳の少女 [DVD]

この映画(というか原作)、日本で「リメイク」したらどうなるだろう。トータルのプロダクションではおそらく到底目も当てられないだろうけれど、『ユリイカ』の頃の宮崎あおいなら、あるいはエリ(あるいはアビー)役にどうだったろう、などと妄想しながら映画館を出た。


**
このあと、地下鉄にのって天六まで移動。
ワイルドバンチというブックカフェで友川カズキさんのソロを観る。ことし2回目の友川カズキさんライブ。1月30日ははじめての友川カズキライブでバンド編成だったし、3月11日の前だった。

開演直前に天六に辿りついて腹ごしらえしようと会場近くの居酒屋に。店のおばちゃんにライブ観に来たのと訊かれる。めったに観れないひとらしいねえ、と異常な嗄れ声でいう。そんなはなしを先ほどまで店でしていた客はもしかしたら知っている人たちかもしれないと思った(あとでやはりそうだったと判明)。
http://vimeo.com/30744093
3.11を挟んでみる友川さんは、とてもよく話された。前回とおりの薬缶から焼酎を注ぎ足しつつのトークだったけれど、3.11の福島のことでの日常の断絶を、とにかくここで言わなくてはならない、伝えなくてはならないという焦燥が伝わってきた。

3.11で原発について何も追求して考えて来なかったことについて自分を責めた、という発言は大友良英さんにも共通するものだと感じたし、たぶん、多くの人たちがそれぞれのかたちで感じとったり行動してきたことだろう。
放射能からは逃げてください。でも原発からは逃げては駄目。わかりますか。」と自分にもいいきかせるように言われた言葉は多くの日本人にとってこれからの基本スタンスだと思った。
3.11から(3.11、と表記することが凄く厭だった。なにか半端な記号化のようだし、これで何か言っているつもりなのかという自分からのつっこみがあった。いまはあまり考えずに入力時間短縮のためにこう表記している、というエクスキューズのために数十文字費やしている)変わってしまった日本を受け流すことをしない、友川カズキがそれをしない、ということが自分にはとても嬉しかった。そして、友川カズキがその変わってしまった時間のなかで3.11前に心斎橋で聴いた歌を、ギターの弦を毟り取るようにして歌うことも。3.11から宙ぶらりんになってしまった時間のなかで友川カズキの歌がつぶやき鳴きわめき吠えていた。