みみのまばたき

2006-2013 箕面の音楽・文学好きの記録です。

Laurie Andersonの「Homeland」

nomrakenta2010-09-20


あつさにうだらずに汗を流すにはうってつけの曇天だったので今朝は、TUTAYAにDVDを返しにいくついでに箕面から池田まで歩いた。40分くらいかかったが、疲れはなかった。阪急池田駅に着いて、汗がひくのを待ってから、うどんを食べて、喫茶店に入ってコーヒーを飲みながら、台北のMRTの路線図を眺めたりしていた。


「Strange Angels」あたりからローリー・アンダーソンの新譜は聴いてこなかったのですが、8年ぶりというこのアルバムは手ごたえがありました。

音楽の感触としては、多くの人が指摘するように、デビュー作に通底したものになっているのが単純に嬉しいことだし、音がくっきりとして、「オー・スーパーマン」での複雑な素材を焦点を絞ってシンプルにまとめる手法が戻っているような気がする。またLou Reed、Eyvind Kang、Peter Scherer、John Zorn、Joey Baron、Antonyやトゥバ族のミュージシャンの参加も、それぞれ勝手にピンで目立つというのではなく、作品の中にしっかりと織り込まれて活きているし、なにより、ローリー自身のヴァイオリンと歌(声)のパフォーマンスが深く美しいものになっていると思う。
ローリーのヴォイス・パフォーマンスは、現代音楽の文脈では、「ナレーション
・オペラ」からマルチメディア作品を作り続けるRobert Ashleyに近いものなのかもしれないが、鎮魂的ですらあるエレガントでリリカルなエモーションは、ローリーの「声」独自のものだと思う。

アーティストとして私はさまざまなメディアを扱ってきましたが、メインにやってきたことといえば、それは「物語ること(Storytelling)」だったといえると思います。私は物語を語りますし、その行為を愛しています。しかし、それらはイリュージョンです。あなたがたは、それらをでっちあげることもできるし、おおぜいのひとびとにそれを信じ込ませることもできます。また、いかに民衆が重大な危機に直面しているのか、いかに殺意に満ちた邪悪な独裁者が膨大な兵器を秘匿しているかとか、そんなことを信じ込ませることもできるのです。私は本気で、物語のために戦争を起こすことができるのだと言っているのです。
――ライナーノーツより

9.11以降の「Homeland Security」下のアメリカで、物語することの誘惑と、物語に耳をかけること(たとえば大量破壊兵器の「物語」に)は、このように宙吊りにしなければ触れることはできない、そして、このふたつを、同時に宙吊りにしてみせるという芸当は、そもそもキャリアのはじまりから、現代美術でもロックミュージックでもないマルチメディア・パフォーマンスを越境しながら行ってきた自分しかいない、そうした自負が、作品をピンと張りのあるものにしてもいるのではないか、とおもう。

Homeland

Homeland


附録のDVDを見ていると、本作の楽曲は、一から作り込もうとしたものではなく、ツアー中に「進行中の作品(Work in Progress)」として断片的に展開されていったものが元になっているみたいだが、それでも、アルバムを作るとなると、膨大な音素材の蓄積を前にして、ローリー自身は途方にくれる局面があったようで、それを完成に向かって促したのが旦那さんのルー・リードだったようす。とはいえ本人は「そもそも俺はアルバムをプロデュースするのって好きじゃないんだ。CDって収録時間が長いだろ。集中するのは大変だ」みたいなことを言っておられるようだし、スタジオでも特に細かな指示をするでもなく、いうなればヴェルヴェッツのバナナアルバム制作時のウォーホル式プロデュースをやってみた、ということなのかもしれない。
夫婦でここまで信頼しあった姿を見せられるというのは、普通のレベルではごちそうさま、で終わるはなしだけれど、このおふたりだとなぜか安堵してしまうものがある…。


ジャケットの「男ローリー」は、ローリーが本作でじぶんの声を変調させて作りだしているアルター・エゴであるらしく、しかも「Fenway Bergamot」という、これもルーが命名した立派なお名前がある。


このエントリー右上の写真は、昔手に入れた80年代のNYのコンテンポラリー・ミュージックシーンを取り上げたドキュメンタリー作品「パフォーマンスNew York City」のジャケット。ローリー・アンダーソンのほかに、フィリップ・グラススティーヴ・ライヒ、デヴィッド・ヴァン・ティーゲム、グレン・ブランカなどの活動初期の映像が見られる貴重なドキュメンタリーでした。特に、グレン・ブランカの「シンフォニー」の演奏では、ミュージシャンの中に、若き日のサーストン・ムーアとリー・ラナルドの姿を見つけることができる。当時のふたりは、ソニック・ユース結成して間もない頃だったんではないだろうか…。
デビュー当時のローリーの知的でユーモラスなインタビューへの受け答えは、「Homeland」のインタビューでもまったく変わりがない。