内田百輭『私の「漱石」と「龍之介」』がおもしろい。大友良英『MUSICS』を読み始める。ローレン・コナーズ『Night Through』
この土日、なんだか暑いやらじめじめするやらでひたすら惨い休日でしたが(よね?)。
最近通勤中に読みはじめたのが、内田百輭の『私の「漱石」と「龍之介」』asin:4480027653、百輭が敬愛し師事した漱石を断片的に回想するような形式(まだはじめの4分の1くらいなので龍之介は出てこない)になっている。
一章一章は非常に短くて、どれも3ページくらいなのだけれど、一文一文はとくに思い入れに浸って書かれてはいないように思うのに、それらが文脈になると、なんともいえず百輭としかいいようのない滋味が湧く。文章の見本だなあ、などと知ったかぶりにもならないことを書きますが、自分はまだまだ百輭読みの入り口にも立ってはいない。
数年前に川上弘美の『龍宮』なんかの不思議な短編集を読んで、この浮遊感がどこからくるのか、知りたくなって、案の定『冥土』や『件(くだん)』、『山東京伝』を読んでみた。もちろん好きな世界ではあって、諸星大二郎のいくつかの短編も似た風味なのであって、なるほど百輭って、日本的シュールのひとつの基底なのだとも思った。考えてみればそういう不思議バイアス無しで百輭の文庫を読むのは初めてで、長い目でみて百輭の文章に親しんでいければなあ、と思っているわけです。
紹介状がなければ人に会わないといって、わざわざ田舎からでてきたという訪問客を執拗に追い返すように女中に言う漱石をみて、文豪として崇拝してやまないが、人としてそれはどうよ、みたいなくだりもある。
みんな玄関の方が気になりだしたと見えて、だれも口を利かなくなった。しんとした中で漱石先生が女中に怒る様に云った。紹介状がなければ会はない。それで女中は又お辞儀をして向うへ行つた。みんなが黙ってゐる中で、私は漱石先生を憎らしいおやぢだと思つた。
――p.11『紹介状』
「紹介状」という文章はここで終わってしまう。最初の数編を読んでるだけですが、百輭の漱石に対する敬愛の念というのは、とても人間臭くて、良い。『山東京伝』は夢の中?で山東京伝の書生になった「語り手」が恐れ敬いながらわけのわからない仕打ちをうけて退散する話だが、大袈裟かもしれないけれど、百輭にとって漱石先生とは、そういう敬いと不条理な感情のこわばりとが絶妙にないまぜになった対象としてあったのかなと思えてしまう。漱石の遺品として、反故になった原稿についた鼻毛を大事にもっているなんていう話(「漱石遺毛」)も最高なのかなんなのかよくわからないが、良い。
大友良英氏の著書『MUSICS』asin:4000248545出た。
ジャズ、ノイズ、歌、映画などについてのこれまでの文章、講義、ライナーノーツ、対談など書き下ろしも含めて、ONJOと「音遊びの会」のライブを収めたDVDまでカバーの裏に収納されいて、目論見がすうっとひとすじ通って伝えたいものがちゃんと収まっている予感がする、本として手にとって嬉しい造りになっていた。
大友良英氏は、音楽と文章との間に、(時には過剰なほど)魅力的な循環運動を作り出せるという意味で、武満徹に次ぐ人なのではないかというのは、今回収められた文章から読みつつ、やっと言葉になったことです。
特に、吉田屋料理店という京都の料理屋で打ち上げをしているうちに、皿洗いをすることになって、角度を変えて洗い場から見る打ち上げのばらばらでありながら全体として和気藹々としている町家の店内の雰囲気もあるごと含めた思いがけない印象が、ONJOのアイデアの元になった、なんていう文章は読んでいて、嬉しいですね。
大友良英関連の音楽を聴いていけば、いわゆるアヴァンギャルドな音楽にも注意を払えつつ、またまっとうな「うた」のあり方にも聴き手の「みみ」は広がっていけるわけですが、自身の文章の後続への影響力を、十分認識しながら、読者に自分の頭で考え、自分の耳で聴き、そして自分で「音楽」させようとするバランス感覚を維持している書き方に共感しつつ、もっと引っ張っていってくれても全然OKですぜ!と個人的には感じもするのですが、ここは、ともすれば忘れてしまいそうなこの十数年の日本の音楽の豊穣に思いを至らせることができる良書の誕生を喜びたいわけです(なんだか、えらそうになってしまった・・・)。
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