みみのまばたき

2006-2013 箕面の音楽・文学好きの記録です。

「アンビエント」の潜勢力:あんびえんと・いえ・あんびえんと・でない

一週間くらい前に梅田のタワレコのNEWMUSICのコーナーで一枚だけ残っていて、「アメリカではアンビエントが熱い?」みたいな惹句が書いてあったのと、ジャケットの絵の崩れ具合と安さにつられて購入してしまって、いまはとても良かったなと思ってます。

Ambient Not Not Ambient

Ambient Not Not Ambient

AudioDregsというUS(だと思います)のエレクトロニカ系レーベルから出ていたコンピ。
参加している人たちのクレジットをみると日本、UK、USとなってUSのポートランドの人が一番多いみたい(そりゃそうだ、AudioDregsはポートランドのレーベル)。エレクトロニカアンビエント系の音楽をつくる人たちが泡沫的に増えているんだろうか?Myspaceなんかで自分のペースで着実に活動している人たちが当然多いようですが、そういったものに自分でひとつひとつあたっていくのも時間があればいいのだけれど、こういう企画盤は正直助かるなあと思います。それにこの盤はこれで、決して一方向を向いたりしているわけでない同時代の人たちの集積を一気に切り取ってくれることで、面白い空気をパッケージしてくれている気がして興味深いです。

この盤に入っている音楽って、過去において「アンビエント」といわれてたような音楽(たとえば/もちろんイーノの作品)のようなアートとして達観しきったスタンスが希薄のように僕には感じられていて、もっとプライベートなレベルで、音の実験なり手探りの状態を衒いなく出せる環境をいい形で反映しているのかなと思う。

微妙なニュアンスが抜け落ちてしまうことを承知で書くと「実験性がカジュアルで、変な気負いがない」ということになる。

どのトラックももちろん素人の僕が書くほど、気安く作られているわけではないのでしょうけれど、極端な話、自分の部屋で2日くらいで音をつくってフランジャーなんかをかけておもしろいものが出来たのでアップしとくよ〜、というノリが全体を通じて伝わってこないでもなく、ど素人にもそんな勘違いを起こさせるということは、このコンピはシーンの(?)集積として、健全なDIY精神を醸すことに成功している、のだと強弁してみたくなります。

また、『Ambient Not Not Ambient』という否定句で蝶番にされたようなコンピのタイトルにも、既存のアンビエント音楽への両義的で自由な態度を感じてみたい。
ここでの否定句の魅力的な使用法は、ほとんど下記のようなクリシェを援用しているものだとすら思える。

 したがって、精神とは何らかの決まったものではなく純粋な潜勢力の存在なのであり、まだ何も書かれていない書板という譬喩こそまさしく、一つの純粋な潜勢力が存在するありかたを表すのに役立つ。じつのところ、何らかのものとして存在したり何らかの事柄を為したりすることができるという潜勢力はすべて、アリストテレスによれば、つねに、存在しないことができる、為さないことができるという潜勢力でもある。
アガンペン『バートルビー 偶然性について』月曜社p.14

かなり唐突でしたが、アガンペンからの引用でした。
アンビエントから始まってある意味私的な「表現」に至る可能性も担保しつつ「表現しない/固定しない」自由もまたあるのだ。これはとくに依存的に方法であるように思えるけれども、そもそもポップミュージックは相互依存の差異効果なのである。

比べるものではないのですが、同じコンピでもその昔イーノがコンパイルしたコレ↓

NO NEW YORK

NO NEW YORK

など、同じ否定句を、自分たちにオリジンに突き付けてみたものになるかと思いますが、ここでは結果的に参加した音たちのどれもが逆に「NEWYORK」の自縛霊となってしまったような、自分たちを貫流するものすべてを断ち切ってしまうかのようなパワーが漲っていたのではないのか、と(もちろんDNAもコントーションズも、リティア・ランチも、マーズも、だからこそ今も最高なんですけれど。好みはマーズ)。
そんな意味で、ここに時代の違いが出たと早計してみたとしても、なおこのふたつのコンピには「似ている」とは言わないまでもある種の空気が「通じている」ように思ってしまう(あるいは願って?)。
ここから何かおもしろい流れが出てくる・あるいは既に始まっているんじゃないか、と思わせてくれるのです。

参加アーティストはこんな感じですが、

1. E*Vax "Awl"
2. White Rainbow "See and The Field Feels"
3. Mudboy “Study for a Sleep Album- 2nd Movement.”
4. Dania Shapes "Weird Boombox"
5. Bird Show "Less of Everything"
6. Yellow Swans "To Valleys of Beautiful Arson"
7. WZT Hearts "Discuss Winter"
8. Sawako "Nst"
9. Grouper "Quiet Eyes"
10. Nudge "Dayrise"
11. AM/PM "Even as We Here"
12. Smoke & Mirrors "Ocean"
13. E*Rock "Exexpat"
14. Freeform "Ante Meridian"
15. Chris Herbert "Whips & Jingles"
16. Lucky Dragons "Sayles Street Ok Ok"
17. Valet "Tuesday Partly Sunny"

とうとう出ました。ひとりとして知ってるアーティストなし!逆に、この前人未到の草原を行くような気持ち良さに震えてしまったわけです。とくに3のMudboy “Study for a Sleep Album- 2nd Movement.”の柔らかにうねるような静的サウンドが気になりますし、アルバムの基底音にもなっているような気がします。

バートルビー―偶然性について [附]ハーマン・メルヴィル『バートルビー』

バートルビー―偶然性について [附]ハーマン・メルヴィル『バートルビー』