家に名前はない、とスピヴァクはいう。NON『ie』
たいへんな月末が終わりました。が、無事乗り切ったとはいいがたい。宿題が山ほど、6月に持ち越しです。
帰りに阪急・梅田で紀伊国屋書店をみると、なにか自分のために本を買ってあげたくなる。実務的な本でなくて(それも常時必要ですが)、なにか自分の人生の外からのおくりものになってくれそうな本を。要は気分転換したいだけですが。
なぜかガヤトリ・スピヴァクの『スピヴァク みずからを語る』asin:400001076Xを手にとってしまう。じつはサバルタンが語ることができるのかどうかもロクに知らないのだが、単純にカルカッタ大学を主席で卒業した後1961年に渡米してそのまま第一線の知識人になった女性がどんなことを語るのか、読んでみたくなったのでした。
スピヴァクがインドからアメリカに渡った頃のことをこんな風に言っているのが、おもしろかった。
忘れてはならないのは、その当時、そう、一九六〇年代ですよね、インドに対するあるイメージがあったことです。アレン・ギンズバーグ、あるいはゲイリー・スナイダーといった人たちが、合衆国にはたくさんいました。でもそのイメージは、私が知るコルカタとは無関係でした。他方、私は若くて想像力に富み、文学好きだったので、そのイメージにのめりこみました。ですからそれは、ある種、幻想のインドで、合衆国に行ってはじめて、私はそこに足を踏み入れました。そう、当時はそんなふうでした。
――ガヤトリ・スピヴァク『スピヴァク みずからを語る』p.24
電車の中で冒頭からパラパラめくると、割とすんなり滲みてくるような言葉にすぐに出会えた。
家やルーツについて、どんな感覚を持っているのか、スピヴァクにとっても核心的な質問でもあるように思えますが、インタビュアーはインドの知識人で、そんなこともあってなのか、スピヴァクも親密な雰囲気の中、自分を解きほぐすように話している感じがこちらにも伝わってくる。
人が家にいるようにくつろいでいるとき、家のように感じているその場所には、名前がないように思えます。ディジェンドロラル・ラエ(ベンガルの詩人、劇作家)が書いた歌で、名前を持たないがゆえに万人に属する場所を歌ったのがあります。その歌には、名前はひとつも出てこないし、国名も出てきません。そういう理由でその歌には感動させられます。ですから心から思うのは、私にとって―私はまたこのことを考えていたのです―家は方向のようなものだとうことです。バリ・ジャッチ(私は家に帰る)、私は家を出る、といったようなことです。家とはむしろ、こういうものです。コルカタで私は部屋を借りて住んでいます。でもドアを閉じて、トクタポシェ(木の寝台)に寝そべると、私は家にいるようにくつろげます。家の問題、そしてそれを名づけるという問題は、家という概念をほどくように思えるのです。ゴルのようなものです。[英語の]家(ホーム)と[ベンガル語の]ゴル、両者は異なると思います。[ヒンディー語の]カムラ(部屋)と[ベンガル語の]ゴルが違うように、家(ホーム)とゴルは別物です。私の本拠地は、まさにこういった言語にあります。
――ガヤトリ・スピヴァク『スピヴァク みずからを語る』p.24
こういう台詞を読むと、もちろん「ホーム」と「いえ」は異なるし、実は「いえ」と「うち」も異なるものなのだ、と言ってみたくなります。
どこが「家」なのか、或いは家を定住的・固有名的に固定していくようなことを、おそらくスピヴァクは問題にしていない。どのようにして(或いは、どの方角からどのような方向に)「家」を感じるのか、そちらのほうが彼女にとっては大事なことで、家を想像するコトバの能動的な動き自体が、私にとってはよっぽど「家」と呼びうるものだ、といっているのだと思う。スピヴァクのような人が、そう適切に言い切ることについてもちろん感銘を受けるわけですが、しかしこの言葉には、自分のような人間には到底わかるとはいえない感覚が内蔵されている、そういうことも気づかないわけにはいかない。
「家」といえば、ノンバンドのノンさんのソロアルバム『ie』を思い出すわけで。
アルバムのタイトルにもなっている『家』という歌には、偶然にも固有な名前は出てこない。オリジナル・ノン・バンドの構成による優しくゆったりとうねるような演奏をバックに歌われる歌詞には、
百人住める家
千人住める家
木の生えた家
生きる家
生まれる家
家をつくろう
さがして あつめて
家はあるよ
もうここに ほらここに
――ノン『家』2002、OZ DISKより
こんな感じで、増殖したり膨張したり浸透したりあまねく顕現したりする様相として「家」は溢れるように連呼され言祝がれる。僕の好きなサイケデリアというのは、こんな感じです。
↑これは青森でのソロでのステージみたいです。4分くらいの映像ですが、3分過ぎあたりから『家』をやってはります。
他に買った本。
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ガヤトリ・チャクラヴォルティ・スピヴァク (シリーズ現代思想ガイドブック)
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