みみのまばたき

2006-2013 箕面の音楽・文学好きの記録です。

ことばの衰退/からだの臨界:鈴木志郎康映像作品『衰退いろいろ2002』,『極私的に臨界2003』

nomrakenta2007-01-25


(注)右の画像は映像作品とは無関係です。テキストばかりで殺風景なので自分で撮ったものです。
映画のイメージに関してはこちらの鈴木志郎康氏ご自身によるHPのフィルモグラフィーをご覧いただければと思います。

鈴木志郎康氏の映像作品を年の『草の影を刈る』から、通時的に拝見させていただくというレビューも最後から2つめです。ですが印象の結論めいたものはあえて用意するつもりはありません。

1:『衰退いろいろ2002(38分) 2003年作品 ( Signs of decline 2002 miniDV color 38min.)

これはある一面、1999年の『内面のお話』を補足しつつ、鈴木志郎康氏自身の身体へ焦点を引き戻していく作品ともいえそうです。
冒頭、冬の日差しが溢れる中庭を見る猫がいます。外が気になるようです。ここからいつもの鈴木志郎康さんのナレーションが始まり、「外が気になって、ほったらかしの内面、それは衰退の兆候ではないのか」と問題提起されます。そんなことが気になっての2002年という一年の記録というわけです(どうも書き方が志郎康さん調になりつつあるようです、ご勘弁ください)。
多摩美の授業風景が始まります。『内面のお話』でも学生に実演させていた「嘘の話」を皆の前でやってみせる、というものです。今回はその中から選りすぐった3つのパフォーマンスで、どれもおもしろいものです。
福井馨さんは、病気の母を見舞いに久しぶりに故郷の町に帰ってくるという話で、小説のような語り口は、「嘘」といわれても結構微妙な印象が後をひく仕上がりです。
清水大輔さんは、友人から聞いたという、物の間には、間(あいだ)という別の世界があるという「嘘」。時折笑いもとれるくらい軽妙な語り口で、嘘→言葉→虚構→伝聞という諸項目の「あいだ」で揺れるお話ということで、もっとも「嘘の話」のコンセプトで精度も高く、成功しているようにも僕には思えました。「嘘」を伝聞の形であれ「本当」として語り、「言葉」自体の不安定さを共有しようとする、これはある意味「虚構」テクニックの本道です。
新名なほみさんの「嘘」は、ぼろぼろの軍手をいわゆるこれが全世界の「堪忍袋」だとするお話で、戦争のためにかなりずたずたになっているいう「嘘」だとしても訴えたいものが残るという、いってみればナイーブながらテクニカルなものなのかな、と。
どれも「嘘」をつくことに関して、「表現」の観点からみて、誠実極まりないともいえます。
こうしてみると、嘘というのは「見立てる・つくる・聞き伝える」というファクターがあるようです。
そういう僕のまとまらない考えをよそに、鈴木志郎康氏のナレーションは続きます。
「嘘を見破られるのが怖くなると、学生は言葉の影に心を隠す。心が隠れると身体が前に現れてくる」
8月になり、映像演劇学科の舞台作品「カラザ02」の稽古が始まり、鈴木志郎康さんは若い人達の前景化する身体に直面することになります。
僕は、舞踏とか演劇にはまったく詳しくないのですが、この「カラザ02」は都市的で前衛的な感じです。都市的、というのは使用されているノイジーな音楽やデッドテックな映像からの印象かもしれない。ここでの身体の動きは意図的に日常的な拘束から離れたものを目指しているようで、一種フリーキーな感じもするし、身体自体が異物になっていくようなイメージ。確かに表現としては不穏なもので荒削りな印象はありますが、その分身体がものを言っている。わざと心と身体の齟齬を見せることで成立しようとしてもいる。
全く関係ありませんが、そういえば90年代最もアングラでノイジーなロック音楽を演奏していたニューヨークのバンド「ソニック・ユース」のギタリスト兼ヴォーカリストのサーストン・ムーアが当時を回想して「あの頃の僕らはなんとか自分達の手で自分達の言語(ヴォキャブラリー)を作り出そうとしていたんだ」という意味のことをインタビューで言っていたことを思い出しました(昔の音楽雑誌を引っ掻き回してみたんですが、どこに出ていたのかわかりません)。
夏の間この稽古に付き合った鈴木志郎康さんは、若い人の雄弁な身体が言葉になっていくさまをまざまざと見せ付けられたことになります。そうして鈴木さん自身の考えから零れ落ちていくもの - 身体が「衰退」を呼び寄せるようなのです。
次は『内面のお話』でも撮影中に不幸があって、その語りが映画の重要な要素になっていた山本遊子さんが再び登場します。『内面』から4年経って映像関係のお仕事をされているようで、とても落ち着いた物腰になっています。今やりたいこととして「人がぶらぶらして話す番組をつくりたい」というのがあって、これもおもしろい話です。
山本さんは、これを撮るには東京でなくては駄目だといいます。日常の東京を「用」から解放されて彷徨したいということでしょうか。話も何でもいいけど「嘘」は駄目ということで、そういった「彷徨」の達人としては、下校途中の小学生と休日のサラリーマンが挙げられます。風景を異化したいということでしょうか。多分違ってそうですが。
以上のような映像を見て行って、鈴木さんの手のアップになるところには、鈴木さんが仰りたい「衰退」というものが確実に予感されていて戦慄が走ります。それは、若造の僕にはまだ想像すらし得ないものなのかもしれません。
「衰退」というとすごい印象ですが、この作品では鈴木志郎康さんのナレーションもあってか、若い人の「身体」に希望が託されるものになってもいて、優しげな印象です。最後の言葉は、2002年の時点での現代詩人・鈴木志郎康氏の立ち位置ともとれるものです。

言葉で模索していくというところに何かが生まれるんじゃないかと思います。
イメージが幅を効かす時代になって結局言葉が衰退して身体が残ったということなんですね。
その身体というものが、言葉を獲得して欲しい。
そう思います。

いつの間にか2002年は終わり花は枯れています。
猫はまだ外をみています。



2:『極私的に臨界2003(36分) 2004年作品 ( The critical point of personal reason 2003 miniDV color 36min.)

「衰退」の次は「臨界」です。抜き差しならない言葉です。
それも臨界点 - ギリギリの限界に来ているのは、鈴木志郎康氏自身の身体というのです。
その実感がこの作品を支えています。
まずカメラの前に現れるのは、アサガオの種です。茶色くパンパンに張った丸い種は何か爆弾のようで、まさに今から芽吹く「臨界」です。このアサガオの様子がこの作品の主人公のひとつ、ともいえそうです。このアサガオは鈴木さんの友人から贈られてきたものとのことで、このアサガオの成長と、もうひとつ、この2003年のビッグイベントだった「越後妻有アートトリエンナーレ」の様子を挿みながら進んでいくのがこの作品の基本構成です。
越後妻有アートトリエンナーレ」で鈴木さんは「ビデオフェスティバル」の審査員を引き受け、世界のビデオ作品を数多くみることになったということです。このトリエンナーレが開催される新潟の十日町周辺を下見もかねて作品中なんども通うことになります。
雪の自動車道をずっといくと、出品されたジェームズ・タレルの「光の家」という作品の映像になります(ただし積雪のため全部は観られなかったとの事)。
映像はまた鈴木さんご自宅の中庭に戻ります。この中庭は1980年の『15日間』で新築の姿を見てから鈴木さんの映像作品に何度も出てきています。季節の移り変わりとともに盛衰を繰り返す植物たちの姿(特に枯れていく様に心を奪われると鈴木さんは仰ります)は、鈴木さんの長年の心象風景といえます。
鈴木さんの映像作品はある意味、この中庭の、そして中庭の植物たちの年代記だとも僕には思えるのですが(僕にとっては官能的なレベルの『あじさいならい』や『野辺逃れ』を想起しています)、ご自身の言葉できくことができます。

この庭は私の心の在り処。庭であって庭でない。水仙の花も花であって花でない。

海老塚耕一氏の『山北作業所』での「彫刻はモノであってモノではない」という言葉とも響きあう境地です。
アサガオの鉢植えが写されます。この映画はアサガオの物語でもあります。
「この表情は気に入っています」と鈴木さんの柔和な表情のアップが牡丹の花やアジサイの花とカットアップされるのを見るのはおもしろいものです。

場面は再びトリエンナーレへ向かう車の中。今度は『極私的にEBIZUKA』と『山北作業所』の彫刻家・海老塚耕一氏の作品設置に同行しての撮影です。
彫刻作品が設置されるのは元庄屋の敷地という石垣と流水に囲まれた舞台のような場所で、学生も手伝って地面の整地から縄張りなど5日間をかけての設置を追っていきます。鉄板が敷き詰められて鉄材が配置された作品の中に仕上げのために水が流され満面に張られると、作品は、まるで田植えの済んだ水田のような静かな表情です。この『水と風の皮膚』という作品は彫刻でありながら水と風の時間の進みゆきも取り込んだ環境作品ともいえそうです。

自宅に帰ると、アサガオの蔓が夏空に天空目指してグイグイと伸びています。

再びトリエンナーレです。今度は開催時期になっているます。
全世界から集まった作品を丹念にみて歩きます。作品は巨大な環境作品が多く、作家の「表現」とはいえ多くの人がかかわる「事業」ともえ、それが鈴木さんの表現にたいする思い-その境界の曖昧さ、が感銘を与えるようです。

三度、自宅庭に戻ると、今度はアサガオの花が次々と咲き誇り、鈴木さんを興奮させるのです。

8月、鈴木さんはまたトリエンナーレ会場に戻ります。設置から一ヶ月経った『水と風の皮膚』は、周囲に完全に溶け込み、鉄サビも好調(?)、苔むして作品の水面には水草がびっしり。池といわれても見分けがつきません。作家の意識が呼吸をしています。
鈴木さんが審査員を引き受けたヴィデオ部門はどうかというと・・・作品の上映は街中の各箇所で行われていて、見る人と作品の間にはズレがあるようです。バスの待合室で実験的なヴィデオ作品を観る気分を創造してみてください。環境の違和感を調節しようという気はあらかじめ放棄されていて、見る人はとまどいを感じるわけですが、そこがほほえましい。

自宅に庭にカメラが戻ると、秋です。花は落ち枯れていく植物もあります。そんな中でアサガオはもう種をつけています。
種から種へ。
最後に鈴木さんは、身近の若い人の「表現」への思い入れが強まっていると仰られて終わります。
臨界から臨界へ。