みみのまばたき

2006-2013 箕面の音楽・文学好きの記録です。

ロンドン①Prom 47: Cage Centenary Celebration@Royal Albert Hall:16日出発前日・17日出発到着、


【16日(木)】
会社で管理者研修を受けたあと、難波のロッカーに放り込んでおいた荷物を引き出して、新幹線に飛び乗り、東京へ。
上野駅すぐそばのカプセルで一泊。しかしこのカプセルで自分の個室の置いてあった水ペットボトルとタバコ一箱、また浴場ではガウンを盗まれてしまう。しかし、結局これがなんとなく厄祓いになったのかもしれない。この後、ロンドンで何か盗まれたり絡まれたりという事はなかったから。
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【17日(金)】
上野駅からスカイライナーで成田へ。10:30発のBritish Airwaysに乗りました。隣のイギリス少女は一年間日本に留学した帰りとのことで、CAの訛りのひどい早口がわからない僕を色々助けてくれた。8時間のフライトを経て時差によりその日の15:00にHeathrow空港に着。
Underground(Tube)の駅前でOysterカードを購入(Suicaみたいなもの)。Tubeに乗るが走行時のかなりの振動に驚く。HeathrowからEarls Courtくらいまでは素朴な景色が続いた。Earls CourtでDistrict線からCircle線に乗り換えて予約しておいた安ホテルのあるHigh Street Kensington駅に着いたのが4時半過ぎだったが、事前にプリントしておいたホテルの地図を見ると、どう見てもKensingtonの閑静な高級住宅にあるようにしかみえない。1時間ほどスーツケースをごろごろやりながらキツイ陽射しの下歩き回ってとうとう音をあげてしまい、駅から公衆電話でホテルに電話。「Where is your Hotel !?」と責め立ててなんとか道案内を受ける。なんのことはない、何度も通り過ぎていたHyde ParkとRoyal Garden Hotel(高級)の道を挟んで真ん前のSpaghetti House(チェーン店)の横に小さなドアと階段があってニ階が受付になっていた。受付はインド系の男性。Booking.comで予約したクレジットカードとパスポートを見せろと言われそのままチェックインしてみると、部屋はネットの評価通り、狭い。でも男の一人旅には充分。
すぐにシャワーを浴びて開場間近のRoyal Albert Hallへ徒歩で急ぐ。この初日のRoyal Albert Hallへのアクセスの良さと、Hyde Parkのど真ん前という2点がこれから4日間の宿をこのホテルにした理由。
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今年はジョン・ケージの生誕100年。これを祝うPROMSのイベントの一環がこの夜のコンサート。http://www.bbc.co.uk/proms/whats-on/2012/august-17/14218
Prom 47: Cage Friday 17 August 2012 - 7:45 PM


Royal Albert Hall
PROMSの雰囲気は噂通り、ハイソな人々からその辺の庶民的な人まで皆が格安でHallで最高の音楽を楽しもう、という物で、服装も皆かなりリラックス。ステージ前の丸い場所には椅子が一切なく立ち見か座り込み。けれどこの円形のスペースのお客さんたちが一番楽しそう。涼みにきて友達と必ず会える場所、みたいな使われ方もしていそうだった。


いくらなんでも和みすぎでしょう、おじさん。
開演前までまるでパブの店内のようにワヤワヤガヤガヤとビールを飲んでいた人たちが、演奏は始まるとぴったりと静かに息を飲むようにして音楽を待ち構えるのが流石(何が?)だなあと感心している間にプログラムは下記の通り進んでいく。

【プログラム】
Cage
-1O1 (1988) PROMSでは初演
BBC Scottish Symphony Orchestraの演奏による、ケージ晩年の5年間に集中して書かれた連作「ナンバーピース」から一曲目。ナンバーピースの曲はケージ聴き始めの学生時代、最も苦手で敬遠してきた作風だったけれど、近年の主にModeレコードから出る優れた録音盤の数々や、日本での極めて高いレベルの見直しがあって自分の印象もかなり変わってきていた。
音色音数演奏時間だけを指定した「ブラケット」という楽譜の短い断片のようなものが演奏者それぞれに与えられ、それぞれ演奏するタイミングは任されるという趣旨だったと思うが、曲の中での音の響きそのものはそれぞれの特定の長さによって限定しつつ、演奏される度に起こる全体の一回性は担保するという、ケージの制御されたアナーキーという境地が最も素直に現れているのがこれらのナンバーピース群なのかもしれないと思うようになった。それを冒頭からRoyal Albert Hallで生演奏で聴けるという喜びにいきなり浸ることに。
-Improvisation III (1980) PROMSでは初演
Steve Bresford、Adam Bohman、Jonathan Bohman、Vicki Bennet、Karen Constan、Christoph Heeman、Dylan Nyoukis、Mariam Rezaieという凄いメンツによるカセットプレイヤー即興演奏作品。仕掛け的には最期の植物素材を楽器に指定した即興演奏作品「Branches」と同じように、ダラダラとした個の垂れ流しとしての即興を嫌うケージが示した、構造化された即興ピース。

-Experiences II (1948) PROMSでは初演
遠目にも美しいJoan La Barbaraによる、e.e.cummingsのテクストを元にした独唱曲。禁欲的なメロディーが間欠的に紡がれる3分足らずの小曲。
-ear for EAR (Antiphonies)(1983) PROMSでは初演
続けてステージの残ったJoan La BarbaraとHallの四方の上部に観客を取り囲むようにして陣取ったExaudi合唱団らによる歌曲。E、A、およびRという言葉を歌う作品で、少なくとも二人以上の人数で、歌声をできるだけ「散らす」こと、そして歌手の一人は観客から見えても他の者は見えないような形(つまり、この夜の形)で上演することを求められている。その心は、視覚と聴覚のフレーミングの問題をケージなりに捉えているのだと思った。ステージのJoan La Barbaraの歌声を軸にして、四方上空から取り巻くようにして降ってくるコーラス隊の歌声は、森の中でふいに聴こえてくる枝々のこすれ葉のざわめき、鳥たちの鳴き声を思わせてくれた。ケージは「サウンディング」そのものを作曲する人だった。それは初期の「プリペアド・ピアノのためのソナタとインターリュード」からすでにそうだったのだと自分は思う。それにしても、ケージのメロディーは消えていくように宙吊りで、やはりこれは美しい。
-FOUR² (1983) PROMSでは初演
続けてこれもExaudiによるコーラス曲。ナンバーピース。


Christian Marclay
-Baggage (2012)
Christian Marclayがこの日のために書き下ろした作品。楽器ではなくて、空の楽器のケースやバッグを振ったり叩いたりして演奏する作品。あまりに突飛でお客が皆笑い始めてしまった。

私はオーケストラにしばらくの間彼らの楽器を脇に置いておいて、それらのケースやバッグで音を作りだすように頼んだ。これらの慎ましいオブジェたちを言祝ぐために。
――Christian Marclayによるプログラムノート

Cage
-Cartridge Music(1960) with Atlas eclipticalis(1962)/Winter Music(1957) PROMSでは初演
アヴァンギャルドととして脂の乗っていた時期のケージの超有名曲3曲を同時に30分間かけて演奏!しかもメンツはCartridge Music、Atlas eclipticalisをDavid Behmnanと小杉武久の鉄壁ライブ・エレクトロニクスで、そしてWinter Music演奏は、BBC Scottish Symphony Orchestra、Angharad Davies,Lina Lapelyte(violin),Anton Lukoszevieze(cello),Rhodri Davies(Harp),Robyn Schulkowsky,Ram Gabay(percussion), John Tilbury,Frank Denyer,Aki Takahashi,Christian Wolff(piano)らで、ピアノは多すぎてステージに収まらず、ステージ前の円形のスペースのお客の中に数台置かれてそこで演奏された。この人数で一斉にやればどんな阿鼻叫喚かと思うが、そこがケージ曲。ノイズ音響の中である種の静謐さがずっと保たれていた。

ここで20分くらいのintervalが挟まる。残念にもいくらかのお客が中座してしまうのが見えた。僕の両側に座っていた女性二人もいなくなった(一人は鼻を啜る音が酷いので正直ホッとしたが)。彼/彼女たちにとっては、いつものPROMSと違うという感じだったんだろうか。ケージの音楽は退屈なんだろうか。退屈は美しくはないんだろうか。
続けて後半。

Cage
-Concerto for Prepared Piano and Chamber Orchestra (1950-51)
BBC Scottish Symphony OrchestraとJohn Tilburyによるコンチェルト。指揮者が指揮棒でちゃんと指揮しているので、一瞬アレ?と思った。プリペアド・ピアノとオーケストラのためのコンチェルトの演奏では、指揮者は両腕をゆっくりとストップウォッチのように回すだけだと思っていたからだった。違う曲だったのかな?
-But what about the noise of crumpling paper... (1985)PROMSでは初演
John Butcherら総勢10名での演奏。これもホール全体に散らばった奏者による演奏だった。これも構造化された即興ピースといえるのだと思う。ケージは紙をクシャクシャにしたりピーッと裂いたりする音を必ず使うようにという指示をしている。プログラムによると、この曲は偶然性を美術に導入したハンス・アルプの方法を受けた作品で、「Child of Tree」やその拡大版「Branches」等の自然素材を指定した構造化された即興ピースに関係があるようだ。
David Behrman, Takehisa Kosugi, Keith Rowe & Christian Wolff
-Quartet - improvisation PROMSでは初演(といいますか即興ですから…)
未だにこの手の音楽シーンのトップを走り追随を許さない4人による即興演奏。Behrman, Kosugiがやはりライブ・エレクトロニクスで、Keith Roweは今年本町でみた改造テーブルトップギターだったと思う。Wolff翁は当然ピアノ。この演奏の瑞々しさは一体何なんだろうと思っていた。つかみたい、でも音楽は逃げていく。鳴っている瞬間、目に見えるように聴こえるというのに。

古い諺がどんな進みゆきをしたかご存知か?
「人は計画を立てる・神はそれを嗤う」
誰かがこんな風に付け足した。
「作曲家は計画を立てる・音楽はそれを嗤う」。
僕らはこう付け加えないといけない
「我々は即興する・ケージはそれを笑う」。
――Keith Roweによるプログラムノート

Cage
-Branches (1976)PROMSでは初演
この夜の〆が「Branches」ということに特別なものを感じる。指揮者のIlan Volkovもかなりの熱の入りようであることがプログラムから見て取れる。

このブログで何度も書いてきましたが、「Branches」は、アンプリファイした植物を楽器として使うことを指示したソロ奏者による「Child of Tree」を複数人(何人でもいい)で演奏できるようにした「構造化された即興ピース」。構造化というか、音の枠だけケージが描いてみせた感じだろうか。
数年前にこのピースの実演を京都で初めて観たときは二人によるパフォーマンスだったけれど、この夜は総勢20名でのパフォーマンス。
やはり、ホールのいたるところに奏者を配して、増幅されたサボテンの刺を弾く音やメキシコのガラガラ、大きな葉をざらさわ揺らす音などが、聴衆に降り注いでいた。
今夜のプログラムは意識的にHallの空間を活かして、ケージが意図したサウンドを環境下して聴衆をすっぽり包み込んでしまうという仕掛けが多かった。ことケージに関してこれは実に真摯なアプローチであるように思えた。
ケージの音楽は、どれだけの奏者によって演奏を重ねれていても、その時その場所が初演であるかのような響きをするように企てられた音楽だ。

喝采に包まれた終演。

実は、前半のあとの休憩中に、Cartridge Music with Atlas eclipticalis/Winter Musicのピアノ演奏でステージ前の円形スペースに降りてきていたChristian Wolffにねだってサインを頂いてしまった。

僕の前にも当然サインをもらっている人が数名いて、Wolffは演奏の後ということもあってはっきりわかるくらい疲労していたのだけれど、ここまで来たからにはと勇気を振り絞ってWolffの眼前に出て「日本から来ました。Wolffさん、貴方の音楽がとても好きです」と何とか切り出したら、プログラムノートにサインを頂けた(家宝決定)。
かなり失礼にも、差し出した三色ボールペンが新品で、まだペン先に丸い止めが着いたままで、Wolffを「何で書けないのかな?」と狼狽ささせてしまった。演奏で疲れているというのに。あわてて止めを外したら、「こりゃ難しいね」と言って、とびきりの屈託のない笑顔をしてくれた。本当にこの人がケージに易経を手渡して現代音楽を偶然のカオスの中に落としこんだ反逆児だったんだろうか?と思ってしまうような笑顔だった。そうでなくて、この人たちは、単に自分たちがもっと見知らない美しい秩序を発見して、音楽をその中に、そっと置いてみたかっただけなのかもしれない、と思った。
しかし、初日から、なんという、ロンドンの夜!
Royal Albert Hallにサボテンの音のひとつひとつが、それ自体の美しいレゾナンスを全うして響いていた…。
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最期の「Branches」用のセット。終演後興味を惹かれた観客たちが勝手にパシャパシャ写真を撮っているのでそれに紛れてみた。コンタクトマイクの付け方に注意。