雨の季節がまためぐる:ミシェル・ビュトール『時間割』、小笠原鳥類さんの「骨おりダンスっ」への詩、女性シンガー系アルバム各種
先週は雨だったので、不足が運動はじめているくらい運動不足でした。
土曜の朝も雨でしたが、降りは控えめだったので、今のうちにと瀧道へと(午後からザザと降ったのでこれは正解でした)。
近所に紫陽花が見事なおうちがあって、この雨の時節になると、コンクリート塀のうしろから青い群花の提灯が突如鈴なりになって顔を出すのを毎年楽しみにしている。
今年も雨の季節の憂鬱を和らげてくれる青い紫陽花。雨のなか咲いている紫陽花のはなのかたまりをみるといつも浮遊感を感じる。
連日雨だとやはり気も滅入り、自室でぼんやりと鬱な気分でふと手に取った文庫本。数年前から積ん読状態で、ほぼこれは読まないままになるな、との確信めいたものまで芽生えつつあった仏ヌーヴォーロマンの作家ミシェル・ビュトールの『時間割』。

- 作者: ミシェル・ビュトール,清水徹
- 出版社/メーカー: 河出書房新社
- 発売日: 2006/12/05
- メディア: 文庫
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小説の作りは、ブレストンの商会に駐在する一年間を、その到着から半年経過後から主人公が日記の形で振り返りつつ記述する、というもので、作中に出てくる推理小説「ブレストンの暗殺」が現実(主人公の現実)にも浸食してくる、というものの様子。
いまのところ半分くらいしか進んでいないのでなんともいえないが、とにかく冒頭から、フランス語しかできない主人公はいきなりまちがった駅で降りて迷ってしまうし、会社が都合してくれた部屋はテーブルもない殺風景な部屋で、なんとかましな部屋に引っ越そうとするにも一カ月くらいめぼしい部屋に出会えない。暗い都市で悶々として、都市の地図を執拗に見つめながら都市への/からの敵意まで醸成(感得)してしまう主人公の記述が、これを読んでいる今のじめじめにおどろくほど照応している(小説の冒頭は10月なんですが、それを日記の形で書いているのは6月という設定、つまり読み進めるにつれて徐々に書かれている時系列とまさに書いている時間の幅が狭くなってくるということ。もうひとつ、二つの時系列を含みこんだ小説自体が「語られる」(展開される)時間という層もある筈だが、これについてどうなるのかは不明)。
灰色の昼間の光がこの都市の地図を照らしている、まだまったく未知のこの都市、ひだの下にひだがかくれているコートのように、みずから偽装しているこの都市、まるで光線にあたると燃えてしまうとでもいわんばかりに検討を拒むこの都市は、力づくでヴェールを剥ぎ取らねば顔を見ることもできぬ女のようだ、この地図にしても、
――ミシェル・ビュトール『時間割』
この都市の暗さ、そして降りやまない雨の感じは、もしかしたら映画「ブレードランナー」の原風景なのではないかとさえ。
すすみゆきとしては次第にミステリー調になっていくのかな、というところだが、とりあえずこの前半の都市と、そこになかなか溶け込めない主人公の描写はどこか他人事ではなく、サクサクと身体にはいってくる。
そういえば、ビュトールは数年前に来日したとき、日本のことを「雨が美しい国。雨が多い国は数あれど、雨が美しい国はすくないのです」と語っていた。すくなくとも紫陽花があるから、自分にとって日本の雨の季節はうつくしいといえる。
瀧も増量中。雨滴と一緒に吹きあげられた川の水も空中を舞っていたのだが、まったく写っていない。
あなざーぐりーんわーるど。
*
小笠原鳥類さんの詩が、WEB上で公開されているPDF形式詩誌『骨おりダンスっ』に連載されている(とのお知らせを、鳥類さんからいただく)。
小笠原鳥類さんは、この『骨おりダンスっ』の3・4号に、生物学の本を読みながら、読みすすめることで、詩を書いていくスタイルの「夢の生物学を広げる(チャート式の生物の本を読む)」と「あらゆるデザインを、『サイエンスビュー生物総合資料』を読んで夢見る」という二つの連作を発表している。
地震のあと、詩のことばが身体に入ってくることがとても難しくなっていました。だから、あの和合さんの「詩の礫」もじぶんは読まなかった(のだとおもう)。たぶん本当に詩のことばを必要としている人間ではないんだろう、と自分のことをかんがたりもした。
ちょうど睡眠薬がわりに、池田清彦の『新しい生物学の教科書』を読んでいたので、「バージェス」だとか「エディアカラ」とか「澄江」といった語に自分も反応できるのが嬉しい。「あらゆる生命のデザインが試された」という、カンブリア紀の生物種のヴァリエーション爆発のなかには現生生物の進化とまったく関わりがないものが多く含まれる、という有名なフレーズが何を意味するのか、自分にはよくわからない。

- 作者: 池田清彦
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2004/07/28
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読むことばと引用するコトバと書く言葉は、生物の固有名詞を蝶番にして、こまかくこまかく開閉(呼吸)する、萩原朔太郎詩集の「ばくてりやの世界」などの読中感覚もどんどん混ざりこんでくる。そういう営みが鳥類さんの詩のことばになっている(いや、詩のことば、でなくたっていいのだ)。
「クマムシ」も出てくる。「クマムシ」(緩歩動物)は、ある意味、強烈ないきものだとおもう。
大きいものでも2ミリにもならないマイクロサイズで、世界中のどこにでもいる。顕微鏡で覗くと、その姿は8本脚のムックリした樽のようで、英名が「water bears(ミズクマ)」というのも納得できる。クマムシは基本的に水分があるところでないと生きられないようで、乾燥すると干からびて休眠状態になる、それでまた水を与えると生命活動が再開される(このプロセスは単純に「息をふき返す」というほど単純でもない様子ですが)。

- 作者: 鈴木忠
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 2006/08/04
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ほかの生き物の語と拮抗するよりも、塗りつぶしてしまうかもしれない、ということだろうか。だとすると、この連作に登場する生き物の固有名詞たちは、それぞれ拮抗したバランスのうえで織り込まれている、その網の目をたどるようにして読んでみる、ということも可能か。
言葉の、語の、図の、「強度」の遣り取りを、小笠原鳥類の「詩」だと言ってみてもいいのだろうか。
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なぜか最近、女性シンガーのアルバムをまとめて聴いています。

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ジャケットなんかは完全にカントリーの棚のなかで齟齬のないつくりなのに、音楽のほうははかなり嬉しいギャップがある。これがなんと、デビュー作。
大まかにジャンルするとアメリカンルーツとかブルーグラスになるのかもしれないのだけれど、タワレコで視聴して、コレはすごいおもしろいひと、と思った。アニマルコレクティブ?の曲をカバーしているそうなんですが、情けなくも原曲を知らんという・・・。
アレンジが空間的というか、アンバランスなところを自然に聴かせてしまうところなんかが特筆ものだと思いますが、歌も、押しつけがましくなく、といってか細いわけでもなく、要するに平坦さを免れていて、何度も聴きたくなる。彼女が何歳なのか知らないのですが、グランジロックを聴いて大人になって、でも演奏している楽器はチャランゴとウクレレで…という青春を送ったのだろうか?その結果、メレディス・モンクがルーツ音楽を楽しげにやってるような趣すらある、というのはこちらの勝手な想像です。イヴァ・ビトヴァの2000年頃の作品を聴いたときと同じようなしなやかな感覚がある。今後、愛聴にたえていくであろう、佳作かと。

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- アーティスト: Meredith Monk
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これまでのメレディス・モンクの音楽から劇的に変わった、というところが皆無だけれど、それ以上に、初期のソロの声の切り立つような神経が、アンサンブルのほうに向けて複数化しつつ開放されていって深く・広くなってきているようだ。

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女性シンガー極めつけ。35分のRagaが最高にきもちよい。なんという歌唱。コウシキさんは今夏来日されます。

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