無限とは中くらいのものである『ノルウェーのジョン・ケージ』
昨日ひさしぶりに瀧道を登りました。
年始に勝尾寺に詣でなかったので、じつは今年に入ってはじめての箕面山でした。最近の寒さが少し緩んだといっても瀧の上までくると、さすがに喉が痛くなるよな冷たい空気だった。
ガードレールの脚元の苔溜まりに未だ白い雪の名残があって、ああさすがに積もったのだなあと思った。
1月の週末は何をしてきたのかちょっと覚えていない。Iさん夫妻のお友達で、広島から出てこられた夫妻を出迎えてのパーティに寄らせていただいたのが、たしか先週末だったようにも。そこにおられたフランス人アーティストが宗教に詳しい方だった。
こちらがフランス語を解さないのでそのひとは英語で話してくれたのですが、日本人にとっての、というより、自分にとっての宗教というのは、仏教であろうと神道であろうと、平素意識はしないけれど薄い大気のように常に存在しているものです、ということを片言の英語で伝えようとしたのだけれど、上手くいったのかどうかわかりません。それにしても自分の(日本人の、とは一般化できない)宗教観を言葉にするのは難しい。
仏教と神道のどちかがベースにあるのか?ということすら口にしようとした途端に、どこか唇が寒くなる思いがする。
*
1月の初めに取り寄せた音源のなかにあったのが、Prismaというはじめてきくレーベルから2010年にリリースされたCD『John Cage in Norway』。
- アーティスト: John Cage
- 出版社/メーカー: Prisma
- 発売日: 2010/02/17
- メディア: CD
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- First Construction (in Metal)
- Second Construction
- Music For Marcel Duschamp
- Third Construction
- Branches
これは2010年にバルセロナとノルウェーの「Henie Onstadアートセンター」で開催された『The Acarchy of Silence.John Cage and Experimental Art』という展覧会に合わせてリリースされたものであるらしく、音源は、1983年にケージが初めてノルウェーを訪れた折に、同じく「Henie Onstadアートセンター」で開かれたレクチャーとコンサートからのものである様子。
しっかりとした作りのライナーブックレットを読むと、このときのコンサートはもともとカセットテープのボックスとして35部限定で存在していたようす。ブックレット掲載のそのカセット集のプログラムにはケージのレクチャーや、「フリーマン・エチュード」と「プリペアド・ピアノのためのソナタとインターリュード」の演奏が記載されているのだけれど、今手にしているCDに収められれているのは上の5つの曲だから、もともとのそのカセット集からパーカッション系の演目のみ抜粋したのがこのCDともいえるし、いやむしろ、ハードカバー仕様で60ページ以上もあるブックレットのほうがメインで、付録に5曲入りのCDがついたものといったほうがいいのかも。
このCDが抜粋版だから、なんともいえない感じなのかというとそんなことはなかった。
手元の白石美雪氏の本の作品年表によると、「First Construction (in Metal)」は1939年、「Second Construction」は第一番につづく1940年、「Third Construction」は1940年、というふうに3年連続して作曲されかつ初演されていて、ケージの打楽器時代を代表してもいるシリーズだと思う。棚のどこかに眠るWergo盤でいちどは聴いているはずなのですが、この盤で初めて聴くような鮮烈さを感じる。それはいたずらに激しいのではなく、また沈黙が多いわけでもなく怒涛のように鳴らされる金属楽器があるのにも関わらず、細かに分割されたリズムに関わらず、思考を促す静謐さを伴っている。
途中で挟み込まれるCD唯一のピアノ曲「マルセル・デュシャンのための音楽」は写真をみるかぎり、ケージ自身がピアノのプリペアを行ったようす。あらためてこの曲の異国風の憧れとも倦怠ともつかないメロディーが面白いと思う。
*
このCDに手を出した大きな理由のひとつに、5曲目の「Branches」がありました。「枝々」。これは、不特定の人数で、演奏時間も易経で決定された8分の整数倍の時間であった場合の名前で、8分間の即興のためのシングルユニットとしての曲目は、もちろん「木の子供」。
独りでこの「Branches」を録音してみようと思いたって楽譜まで取り寄せたり、コンタクトマイクやらミニアンプなども購入したものの、このブログでも音沙汰しておりませんが、流れてしまったわけではないです。証拠に(といいますか)、昨年末は、付き合いの長いサボテンのてっぺんから数房を切り取らせてもらい、日影干しにして「楽器作成中」です(このエントリートップの画像)。しかし、さすがサボテンで、なかなか水気は抜けません。
このCDでの「Branches」は32分となった演奏のようす。ブックレットでは演奏者とインタビュアーとのこんなやり取りがあります。
Q:その時点で『Branches』のことを知っていましたか?
A:ストックホルムでそういう曲があるときいてはいました。
それは植物素材からなる「楽器」、とくにサボテンを使うことを企てられた曲です。
ところで、ケージのアパートメントはサボテンでいっぱいでした。彼はそれを「サボテンたちは演奏されるのを楽しんでいるようだ」といいました。しかしこの作品には同様にほかの植物も入っています。たとえばトウダイグサ(Mexican fireplant)の鞘で作ったガラガラです。私は「そんなものノルウェーでは手に入りませんよ」と言いました。すると彼は「じゃあ、ノルウェーの典型的な植物はどんなものなのかな?」ときいてきました。彼はトウヒ(エゾマツ)などをつかって『Branches』のノルウェー版をやるというアイデアにわくわくしていたみたいです。
『Third Construction』を演奏するために、私たちにはホラ貝も必要でしたので、彼は私がそれを仕入れにいくのに付き合ってくれましたよ。これらの準備は、ノルウェーで行うよりニューヨークでやったほうが簡単でした。ニューヨークで彼はクイーンズにある彼の作品の出版社「エディション・ピーターズ」に私を連れていきました。そこで私はすべての楽譜を手に入れたんです。
Q:楽譜、と仰いましたが…。『Branches』の場合は手書きのテキストのことですよね?
A:その通り、手書きで、しかも訂正がいっぱいしてあるやつです。それは基本的には「楽器」を選択するにあたっての方法と、どうやってそのすべてを組織するかについて書いてあるのであって、何がしかの音楽が記譜されているわけではありません。
そこにはどのようにして各演奏者がそれぞれのチャンスオペレーションに基づいたタイムテーブルを作成し、どの部分でどの楽器を使用するべきなのかが書いてあるだけなのです。そしてその最後の最後のしたのほうに「楽器による時間の構造を明確にするために、演奏者はストップウォッチを使って即興する。この即興はパフォーマンスである」と書いてあり、それが全てです。
ここで話題になっている『Branches』の楽譜がただの手書きのテキストであるというのは本当のこと。実際エディション・ピーターズから取り寄せてみると、楽譜を挟む厚手の紙の中にはカラーコピーのA4の紙が一枚。それもケージ独特の飾りの多い手書きの文字で訂正がやたらとしてあって読みにくいのなんの…。
ほかにもインタビューから抜き出しておくと…
僕らは自分たちの即興に夢中になって演奏を彼がどう思うか知りたがった。はじめの通し練習のあと、彼はただあそこに座っているだけだった。
黙ったまま。そして僕らは「彼は何を考えている?」と思っていた。何かがとても良くなかったことにだけはみんな気付いていた。でも彼は何も言わなかったんだ。僕が演奏していた大きな木の幹にケージが「ほらここはとても美しい音がするよ」と言いながら近づいてきたのを憶えているよ。
僕にこうしろああしろという代わりに彼は木の幹にまっすぐ向かっていって、木の幹をこすったりコツコツやったりして耳をそばだてていた…それはとてもなく誘惑的な光景だった…というのも彼はとても美しい指をしていたし、そして彼の耳は今にも成長していくかのように大きな耳だったから。その大きな耳で、彼は幹の音を聴き、音の可能性を聴いたんだ。
これには自分の欲求を刺激されたね!そういうやりかたで彼は自分の考えについて教えてくれたわけだ。もうひとつの問題は「即興」という用語だった。
僕たちはこの用語をジャズミュージシャン的に理解していたと思う。しかし、だんだんと注意の中心にいるべきなのは「僕ら」なのではなくて「音たち」なのだと気づくようになった。僕らがやるべきことは、葉っぱや小枝や木の幹やその他もろもろのもの達が、確実にそれら自身の音を表現できるように手助けしてやることだったんだ。
しかし「即興」という用語は、おもに演奏者に向けられていて、演奏者を指さして「さあやれ!」と言っているようなところがある。
ケージも、この用語については少なくとも議論の余地があることに同意したよ。
*
ケージとオーディエンスとのあいだで持たれた質疑応答の記録もブックレットは掲載していて、それをばらっと眺めるかぎり、ケージ独特の笑いがところどころで差し込まれた良い雰囲気のものだったのかもしれない。冒頭にアメリカでの芸術の実験の本拠だったブラック・マウンテンカレッジに尋ねられたときの返答は、とてもケージらしい。
ブラックマウンテンで一番重要だったと思うのは、人々がみな共に食事をしたという事実です。たとえば、あそこで私は作曲を教えましたが、誰も私と勉強をしたわけではないのです。しかし私は、ダイニングルームで、食事をしながらや食後適当に座りながらほとんどすべての人と話しましたし、それこそが、あそこでいろんなアイディアが交換されたやり方であったと同時に、あの場所に活気があった理由だと思っているのです。
ケージ関連では、今月ほかに2枚の新譜(といっても昨年…)を発見。
- アーティスト: J. Cage
- 出版社/メーカー: Wergo Germany
- 発売日: 2010/07/13
- メディア: CD
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- アーティスト: J. Cage
- 出版社/メーカー: Col Legno
- 発売日: 2010/07/13
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- アーティスト: John Cage
- 出版社/メーカー: MODE RECORDS
- 発売日: 2005/02/22
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話を戻して、この二つの盤のそれぞれの『Hamonies』や『In Norway』盤での『Music For Marcel Duschamp』のどこにも向かおうとせずただ発せられるままにたゆたおうとする音楽を聴いていると、「無限に中くらいのもの」というル・クレジオの長いエッセイのタイトルがとても似つかわしいもののように思えてくる。
- 作者: ル・クレジオ,豊崎光一
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 2010/05/15
- メディア: 文庫
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ぼくの真実に近づくために、ぼくには直感および言語という貧しい道具しか持ち合わせがない。だがある程度は、これらの道具でぼくにとっては十分なのだ。確実性におけるそれらの貧しさは、偶然性における豊かさである。ぼくはぼく個人として語るべきではない。ぼくの中にいる他者たち、がらくた=他者、物体=他者たちを語るがままにすべきなのだ。ぼくの道具が合理的でないにしても、少なくともそれらが与えてくれる感動のおかげで、ぼくはぼくの意識の未知の領域を、これは半ばは喜び、半ばは苦労なのだが、ジグザグに進むことができる。人は知を持つと同時に強くあることはできない。ぼくはといえば、弱さを、眼差と言葉の孤絶、甘美なる埋没、滅亡の豊饒さを選びとる。
――ル・クレジオ『無限に中くらいのもの』岩波文庫「物質的恍惚」p.134
引用した文の頭の「言語」を「音」と読みかえてケージの音楽を語るのは、明らかに安易であざとい所業だ。しかしいくらかの心残りも確かにあることを認めて、そして「言葉」と「音」の重なりと異なりに思いを馳せてみるのもいいのかもしれない。
- 作者: 白石美雪
- 出版社/メーカー: 武蔵野美術大学出版局
- 発売日: 2009/10/01
- メディア: 単行本
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上の『John Cage in Norway』と一緒に届いたのが、下の2本のカセットテープ。
『Knit Prism / Growing 』
エレキギターの爪弾きとフィールドレコーディング。ギターは、たとえばソニック・ユースのアルバム『Badmoon Rising』の一曲目『Bravemen Run』という曲が始まる前に、穏やかなギターによるイントロが入っているが、それをもっと遅くゆるやかにして延々とやったような感じ(と書いてわかるひとは何人いるのか?)Knit Prismはカナダのオンタリオに住むMichael W. Pouwというひとの変名プロジェクトの様子。ブログスポットをみるといろんなカセットが出ているようなので、聴きたくなってしまい、いくつか注文してみた(届くのはいつになるやら)。海外の(日本も?)カセット・レーベルというのは楽しいことになっている様子。
『Nobuto Suda / Sensitive Fields 』
ギターによる音素材を何重にもループして重ねて作りだしたドローン、とのことですが、植物的な感性を感じます。これも当たり。
どちらもまったく予備知識のないアーティスト。
これらを僕は、とても小さなカセットプレイヤーで聴いた。
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フランク・ザッパ/キャプテン・ビーフハート・ディスク・ガイド
- 作者: 和久井光司
- 出版社/メーカー: ミュージックマガジン
- 発売日: 2011/01/18
- メディア: 雑誌
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さっそく聴いてみた『ズート・アリューズ』と『シーク・ヤブーティ』。メラメラのギターがいいなあ。これがザッパのギターか…。とくに『シーク・ヤブーティ』。ポストパンク時代まっただ中にドロップされたことを思って聴くと楽しみも倍増でした。
- アーティスト: Frank Zappa
- 出版社/メーカー: Zappa Records
- 発売日: 1995/05/02
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- アーティスト: Frank Zappa
- 出版社/メーカー: Zappa Records
- 発売日: 1995/05/02
- メディア: CD
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