みみのまばたき

2006-2013 箕面の音楽・文学好きの記録です。

土笛のトポスが旅をする:鈴木昭男『SOUND REPORT』@心斎橋 nu things JAJOUKA

nomrakenta2010-07-04



今回の鈴木昭男さんのイベントはライブパフォーマンスだけではなかった。
京丹後から日本海に沿って下関までの山陰の地域には、共通の特徴を備えた「土笛」が出土している地域で、この日本海沿岸にそった1000kmの道程を、「土笛」の出土した遺跡を経巡った自転車(ママチャリ!)旅行『さねとり』の終了報告が第一部。

Music of New Referenceとイベントのプロデュースに携わったHORENの東瀬戸さんが出てこられて、演奏が始まったら、なにぶんアコースティックな性格なので、空調は切らせていただきます、と丁寧なお断り。
お客さんも軽く定員に達していたように思うし、熱心な若いひとが多いようでした。

鈴木昭男さんを迎えると、まず壁面にプロジェクターで投影されている『さねとり』の旅行道程を撮った映像を背に、東瀬戸さんとの対談形式でレポートはゆっくりと進んでいきました。

気になっていた『さねとり』というプロジェクト名についても説明があり、

「さ」は「五月」や「五月雨」「早苗」など、稲作神の尊称 「ね」も「音」の和古語であり それを「たどる」意味で すでに「さ・ね・ど・り」としていた。 よって この私的プロジェクトの名称を「さ・ね・と・り」と改め 副題を(弥生の音を訪ねて・・・)とする
――会場で頂いた資料より 鈴木さんのコメント

といった由来を語られていた。『さねとり』という古い万葉の言葉か何かがあるんだと、勝手に想像していたのですがと、そんな創意が忍ばせてあったのだった。

自転車旅行の道中のエピソードを笑いを交えながら、飄々と語られていくが、映像とあわせてきいていると、もう一台の自転車と自動車の併走に助けられこそすれ、相当きつい道程だっただろうことは容易に想像できました。京丹後を出発するとき自転車の後ろにつけて音を鳴らしていた空き缶が、一ヶ月にわたる旅を励まし、祝福していたのか。

山陰に広く分布し出土する「土笛」は、弥生時代のこの地域に独自の「音楽文化圏」が存在していたことの証拠であり、鈴木さんはそれらのトポスを旅し、実際に身を置き、ご自身で作成した土笛の演奏でもって辿りなおすことで、「音楽文化圏」そのものを再確認しつつ、もういちど「場所」たちを繋げていくことで、新しく大きな音として、鈴木さんはイメージしようとしているのかもしれない(と、そう思った)。

各遺跡でインスピレーションを得た「土笛」による楽想の生演奏を披露してくれる鈴木さん。
目を閉じて耳を傾けていると弥生の風景が見えてくる・・・と書いたらそれはたぶん酷い手抜きになってしまうと思う。それはなんとも、ふわりと持ち上がってはうつむいたり、空に目をきっとあげたりする、そんな身振りがつかみとれそうでいて、すぐに逃げていくようなとらえどころのない旋律のように思えた。ものによっては鈴木さんご自身にも再現することが難しい楽想もあった様子で、吹いた直後に「違うなあ」と首を傾げておられる場面もあったりしました。その場所であるからこそ、そこに分かちがたく結びついた感覚があるのだろうなあ、と思った。
音楽は、いや「音」は、もしかしたら本来的に、ことほどさように場所性に固く結びついたものであるのかもしれない。
これら各ポイントで得た楽想は、かなりの数の録音として残っているらしく、こちらとしては、それらの音源がいつか形になることを期待してやみません。
旅行映像や地理的資料もコンパイルして、『奇集 Odds & Ends』を出したHORENからリリースされたとしたら、カタログとしては最高なものになりそう(これは個人的な妄想の類ですが)。


そして休憩を挟んでの第二部。
お待ちかねの「ANALAPOS」などのサウンド・パフォーマンスは、やはりすばらしい耳の体験だった。ANALAPOSの深いエコーの中から、鈴木さんのヴォイスがまた立ち上がってくるのを聴くのは、去年が初めてで、今回二度目なのだけれど(VTR『もがり』を除けば)、去年生で聴いたのは京都芸術センターの大きな座敷の空間でだったので、いくぶんは音が拡散していたのかもしれない。今回地下の密閉され(もちろん空調も止められた)空間で聴くことの出来た、ANALAPOSの深海のようなエコーには、神経が揺さぶられるようでいて、心にじわっとくる強烈なものだった。

写真日左は、暗くてよく写っていませんが、大型で屹立するANALAPOS状の楽器を音出しする鈴木さん。これがまた凄い音。
写真中央は、スタンダードな(?)ANALAPOSに、二本の縦笛を突っ込んで音出しする鈴木さん。この倍音は凶暴かつ美しかった。
写真右は、nu thingのドアに貼り付けてあったポスター。初めて見るしかっこよかったので撮影。この楽器が写真左の楽器だと思います。


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さて、ここからは自分語り。
会場となった「nu thing」が入っているトポロビルの地下テナントは、10年くらい前までは、タイムボムというレコード屋さんがあったところでした。90年代のぼくは、すぐ脇の蟹道楽でアルバイトをし、もらった時給はこの店で、グランジだとかLo-Fiだとか90年代のUSインディーバンドのレコを追いかけるのにつぎ込んでいて、90年代の終わりには「A Thousand Leaves」のツアーで大阪に来ていたサーストン・ムーアがソニック・ユースのアナログ盤を小脇に抱えてレコ棚を掘っているのに出くわして煙草の紙袋にサインを強請ったことがあった(レジにいた女の子がぼくの慌てぶりにくすりと笑っていた)。
そういう極私的な思い出のあるトポスだったので、そのころの感情のゆり戻しなどがあるまいか、と少し危惧するところもあったのだけれど、店内に入ってみると、すっかり昔の印象が拭い去られ、落ち着いたライブスペースになっていたのでなぜか安心する気持ちがありもした。

そんななかで聴いた鈴木昭男さんのANALAPOSは、深く鋭く、優しく響いてくれた。