みみのまばたき

2006-2013 箕面の音楽・文学好きの記録です。

入梅耳瞬

nomrakenta2010-06-14


大阪も昨日から梅雨入りで、庭のアジサイさんもとうに咲いております。
梅雨入りと同時に、ムシムシと湿気が襲来し、イヤホンは首にまとわりつくわ、文庫本のページは10ページ単位でめくれるわで、とてもわかりやすいですが、そういえば、このアジサイは、2年前に鈴木志郎康さんの映画『極私的にコアの花たち』を京都ドイツ文化センターで観た時駅前通りの花屋さんで購入したアジサイさんだった。

鈴木志郎康さんのブログも更新がときどき再開されるようになって、術後の経過もまずは安心でいらっしゃるようで、ほんとうに安心しました。昨年の鈴木志郎康さんは前橋文化会館での展覧会などで多忙を極めておられたはずで、とても心配でした。
僕はまだまだ志郎康さんの紡ぐ言葉/言葉が、読みたい/聴きたい。去年「日本の古本屋」を通して10冊ほど探しだして手に入れた、80年代に鈴木志郎康さんや藤井貞和さんが作っておられて現代詩の小冊子「壱拾壱」のこともいつか書きたい。そんな微妙に高揚した思いが、降る雫といっしょにじわじわとなだれ込んでくる。


こんな湿気た日々には、案外ジャズヴォーカル(案外でもないのか)が良くて、ブロッサム・ディアリーのELレコードからの復刻CD2枚『Teach Me Tonight』と『Little Jazz Bird』はとてもありがたい。

Teach Me Tonight

Teach Me Tonight

ディアリーの初期音源らしい『Teach Me Tonight』の後半は、名盤『Give Him the Ooh-La La』の音源みたいだけれど、『Little Jazz Bird』のほうは初めて聴く音源。
Little Jazz Bird

Little Jazz Bird

ディアリーのコケティッシュでいて、マイルス・デイヴィスに「白人女性で唯一人、ソウルをもった人」と言わしめたウィスパーに、ほぐれたアレンジがよく馴染んでいて心地よい。「Boum」なんて、良い曲だなあ。
極私的な話で恐縮ですが、ディアリーは、僕が初めて自分からアルバムを探して聴き始めたジャズ・ヴォーカリストだった。
ディアリーの声のわかりやすい個性は、ルー・リードだとかトム・ウェイツだとか、「あぶらだこ」だとかデヴィット・バーンだとか、トム・ヴァーラインだとか(ついでにジョン・ライドンだとか)、極端な「声」に慣れ親しんでいた僕にも受け入れやすいものだったけれど、教えてくれたのは、奇矯さではなくて、その奥にある、とてもオーソドックスな味わいだった。自分にとっては、逆にそういう良さに向けて開眼(開耳)させてくれたシンガーだった。
そういえば、僕は「さかな」のポコペンさんの歌とブロッサム・ディアリーの歌を同時に聴きはじめたのだと思う。ぜいたくだなあ。

もし、はじめてディアリーを聴くというひとがいたら、このアルバムを薦めるかもしれない。

1975 : From the Meticulous to the Sublime

1975 : From the Meticulous to the Sublime

ジャズよりはポップス色がいくぶん強めな感じで(ジャズが後退したというよりポップスをとりこんだ感じです)サイモン&ガーファンクルなんかのカヴァーもあるし、ジョージー・フェイムのことを歌った「Sweet Geogie Fame」なんかが収録されているのがこのアルバム。CDの再発があるまで、この曲を、僕はずいぶん長い間探していたのだった。


最近、就寝前に読んでいるのがこの本。

ポストパンク・ジェネレーション 1978-1984

ポストパンク・ジェネレーション 1978-1984

またか、と思われそうですが、これは意外に中身が濃く資料性が異様に高い。この時代に思春期を過ごして確実に「青春の大部分を失った」のであろう著者にしか書けない苦味と豊穣さがあるように思う。
表題にもあるとおり扱っているのは「ポスト・パンク」と呼びうる1978年から1984年というわずか6年間という時間だが、この中に詰め込まれ、鳴り響き続けている奇怪・痛快な音源群は、やはり同じ質量・インパクトでは二度と我々を訪れないもの(と、いいつつ僕は世代的にこの時代をまったくすかしてしまっている者なのですが/だからこそ憧れがあった)。
78年ですでに成功者であるジョン・ライドンは「メタルボックス」という頂点を経て長い弛緩の時代へと至ることがわかっているだけに読んでいてつらいものがありますが、より興味深いのは、ダブやディスコという大ジャンルに挟まれながら、自分たちにふさわしい音楽を形成していったひとたちのエピソードのほう。たとえば、ネオ・マルキシズムのコチコチのアヴァンギャルディストからポップ・アーティストへと、何10枚ものメモを書き己を納得させながら転身していったスクリッティ・ポリッティ(グリーン)の歩み。スクリッティのメンバーが当時スクワットしていたビルと、ステーヴ・ベレスフォードなんかのLMC(ロンドン・ミュージシャンズ・コレクティヴ)の演奏場所が隣接していて始終睨みあっていた、なんていう可笑しいエピソードもある。スクリッティって「Rock-A-Boy blue」以外ぜんぜん記憶に残っていなかったけれど、これで興味が湧いてしまった。
はじめて知ったなかでは、サンフランシスコのレジデンツやらフリッパーやらタキシードムーン、スリーパーズなんかが蠢いていたシーンが、昨年映画が公開されてもいたハーヴェイ・ミルクの殺害事件なんかともリンクしているのが興味深かった。
おもしろいのはスワンズまでは取り上げておきながら、併走していたソニック・ユースは文中で触れる程度に留まっているあたり。これは時代区分的に仕方がないが、読後感じる拭いがたい隔靴感(不快ではなく愉しいのですが)の原因は、あらためてソニック・ユースが牽引したジャンクやグランジオルタナティヴ・ロックの動きが、本来は「ポスト・パンク」の大きな波動の余韻の中でのことであって、それはまだ今も続いているのだ、ということを示してもいるのか。
そして、今週末には大阪にレインコーツがやってくる。



先週土曜は、京都に出かけて、三条木屋町あたりにずっと居たことになります。というのも、昼ごろに河原町に着いて、そのまま木屋町通りを北上し「ワークショップ・レコード」さんで、棚ほり。このお店はアナログ盤メインのお店で、ジャンルも豊富、それでいて、どのジャンルの揃えもレベルが高いように思います。習性にて直行してしまうフリージャズや現代音楽のジャンルも、そんなに多いわけではない筈なのだけれど、いくたびに「おおっ」となってしまう盤があります。
で、この日は高橋アキクセナキスやケージ、武満、サティを弾いている東芝EMIからのアルバム『季節はずれのヴァレンタイン』と、アメリカのルーツサイケバンド『MAD RIVER』のメンバーだったLawrence Hammondが、ジョン・フェイヒーのレーベルTakomaからリリースしていたソロアルバム『Coyote's Dream』と、探していたローレンス・ブッチ・モリスの即興「指揮」作品「コンダクション」のシリーズのCD2枚(23と41)を購入(で、日曜にPCに取り込みつつ聴こうと思ったらPCが急にブラックアウトし、急遽データを全部外付HDにバックアップするはめに)。

Conduction 23

Conduction 23

Conduction 41

Conduction 41

ブッチ・モリスのコンダクションは、たぶん2枚聴いたくらいでどうともいえないものだろうが、この2枚だけでも、参加者によって演奏素材も異なるため、印象がかなりちがってくることがわかる。モントリオールでの演奏らしき「23」の濃密さには、即興性よりも活きがかなりいい「作曲された」(もはやこの区分はどうでもいいのですが)現代音楽を聴いている気分にさせてくれる。


ワークショップを出てそのまま、この近所にある筈のイベントスペース『LABORATORY』を探すが…ないっ、見当たらないぞー!そこで音響アーティスト・梅田哲也さんが『デッドストック』と名づけたインスタレーションをやっている筈だった。右往左往してやっと古いビルの細い階段を探しあてて3Fまで登ったらありました!入ったら真っ暗で、さらに真っ暗な部屋に通されました。
中は結構広いみたいだったけれどとにかく何も見えず、椅子に座っていると、吹き抜けになっているロフトに梅田さんのオブジェがあるようで、間を挟んでカタカタと心地よい音がするのだけれど、闇の存在感のほうが音を侵食していて、なんだかとても幽かに聴こえてしまう。この日はここで、オールナイトイベントがあって細馬さんなどもゲストで出られるそうだったのですが、予約しそこねて定員になっていて、そのまま退散。

これは会場で売っていたDVD。中はまだ観てません。

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そのあと、同じく木屋町沿いのアーバンギルドに寄って、毎月二組の歌い手が出演する「ふたつのうた」というイベント。この日は「たゆたう」のにしもとひろこさんと石橋英子さんでした。

にしもとひろこさんは何度か観て/聴いてますが、石橋英子さんは初めて。石橋英子さんは語ったように、にしもとひろこさんの歌いっぷりというのは見ていて気持ちよさそうでニコニコしてしまう。石橋さんはピアノを弾き歌いつつ、サンプラー(だと思う)も足で操作して自分の声を素材にして効果的な音響をつくっているのに感心してしまいました。歌も深くてドキドキするほど、良い。


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おまけ。

Sinatra/Jobim: The Complete Reprise Recordings

Sinatra/Jobim: The Complete Reprise Recordings

シナトラとジョビンの二御大の伝説的セッションがコンパイルされたCD。ああジョビン、と思わせるギターの爪弾きにシナトラの渋い声が「イパネマの娘」を歌いはじめると、一瞬こんな野太いイパネマ聴いたことないですけど!と反応するが、だんだんとハーモニーの裏をかいているようでいてしっかりと芯をつかんでいる歌唱が心地よくなってくる。そしてトーンが高まるところではちゃんと感動してしまう自分がいたりする。これははまるかも、です。「アバジベベー♪」なんて歌うシナトラって案外最高なのだな。

おまけ2

Hands

Hands

超絶かつ優雅きわまるフラメンコギターとジャズベースの重鎮のデュオ。軽やかなPepeのギターの中に刻みつけるような激しさがあり、重低音でコクのあるはずみをつけるホランドのベースのなかに歌うような軽みがある。「それは私にとって新世界だった」とつぶやくホランドが、Pepeと、それに絡む自分の音の交感に、じっと耳を傾けているのが聴こえるような気がする。