みみのまばたき

2006-2013 箕面の音楽・文学好きの記録です。

バット・アイ・ライク・トゥ・リワインド:『Re: カセットテープ(小笠原鳥類)』、雑誌『洪水』第四号

nomrakenta2009-07-21


むしむしする日が続いていて。
山口では土砂崩れがあったりする。自民党も土砂崩れにあったりしているみたいだ。きっとこのむしむしのせいなのだろう。生きているうちにこんな自民党をみることが出来るとは…。
先の連休、中日の日曜日は、お世話になっているIさんの引っ越し先の内装のお手伝い、の後、中津で焼肉を御馳走になり、豪雨の中ワイルドなシチュエーションで半オープンな居酒屋で、とても楽しい時を過ごさせていただきました。御馳走さまでした。中津を満喫した思いです。
先日のカセットテープの徒然に、小笠原鳥類さんから、とても感無量な感想をメールを頂いてしまい、それがことごとく自分が書けなかったカセットへの感覚を言葉にされてしまっていて、もはやこれは自分の文章にしてしまいたい…ようなちょっと禍々しい欲望まで催してしまい、小笠原鳥類さんに無理を言って引用させていただける運びとなりました(なんだか、とても無理をいってしまった感じです。鳥類さん、ありがとうございます)。

Re: カセットテープ(鳥類)

野村様

「みみのまばたき」でカセットテープを見ました。

5年くらいカセットテープを使用したことがなかったと思うので、ああ、カセットテープには2つの目のような穴があって、鼻もあるようだし口もあるようだし、顔だなあ、と思いました。
レコードよりもCDよりも、カセットが顔だった。動物だった、タヌキやパンダだった。

カセットテープは軽くて、プラスティックの感触もCDよりも優しい暖かいザラザラであったと思うのでした。
聴かなくてもカセットテープがあると楽しかったかもしれない。カセットテープのプラスティックの箱も楽しいですし、その箱が紙の筒のような箱に入っているとどこまでも楽しかった楽しかった。


カセットテープを振るとカシャカシャ軽い音がして、しかし壊れないだろうという安心な気持ちも強くて、とても安全なUFOであったのだと思いました。CDは少し安全ではないUFOでした(指紋がどこにもあってはいけないのだと思ってしまう。)

「生き物」の詩人である(語弊ありますが)小笠原鳥類の面目がしなやかに躍如してもいるのだとおもう。CDに触れた「指紋がどこにもあってはいけないのだと」のあたりで、なぜか涙腺がゆるむのは、もう、若くないからなのだろうか。


小笠原さんの連載がのっている雑誌『洪水』http://www.kozui.net/frame-top.htmを、梅田のジュンク堂で見つける。
白石かずこ特集。分厚い熱風が吹き込んでくる。68年については、別の角度(というか、読書{小熊 英二の「1968 若者たちの叛乱とその背景 」のことではない})から感想してみたい。そういえば、1968(決して感じることのできない5月の舗道の下の熱い砂の感触)、1969(なによりもDeathValley'69).1984(ジョージ・オーウェル)、1989(あとの世界を誰も予想していなかった)、2001(映画が現実に負けた)、という年号は自分にとって、とても特権的に君臨してきたような思いがある。
「詩は、論文のようではなく、音楽のように書かれなければならない」というのは、わかるのですが、ことばの、それでは、単語と単語の間の音楽を、だれが、みみを澄ますことを心得ているのか?とも思ってしまう。
小笠原鳥類さんは、この連載では、(おそらく)任意に選択した音楽作品を聴きながら、共鳴りするようにして、ほぼ自動筆記的に書く、というフレーミングを採用しているように思える。僕はヴォーン=ウィリアムズの交響曲を、それとして意識して聴いたことがないので、音楽への照応をどうのこうのと書くことが出来ないのだけれど、音楽に関する言葉(「批評」、だけではなくてね)というものがほとんど壊死寸前のような今の状況を考えると、これらの試みはたぶん貴重なものなのだと思う(誰にでもできるものではないけれど)。
言葉の記号的な表層に戯れようとしているのでもない(そんな器用さよりは、不器用さのなかに自分を投げ入れ)、行間に潜水してイメージをつかみかけるといつもわざとそんなものではなかったはずだと、海面の滑空に戻るトビウオのようなことばが、長いブレスで定着されている、ともいえる。
サンプルにしておられるのは、このディスクなんだろうか?

ヴォーン=ウィリアムス:交響曲全集(6枚組)/Vaughan Williams: The Symphonies

ヴォーン=ウィリアムス:交響曲全集(6枚組)/Vaughan Williams: The Symphonies


エントリ右肩の写真のカセットは、20年くらい前に手に入れた、このジョニー・サンダースさんの、ブートレグ盤でも出さないようなトホホな音源をまとめて、カセットのみリリース(当時)のレーベル「ROIR」からの逸品です。

冒頭の「Who Do You Love」が破産したような「Who do VooDoo」からして、誰にも出せないヨレヨレ感だし、シド・ヴィシャスに捧げた佳作「Sad Vacation」は、まさに「汚れちまった悲しみ」そのものでもあるし、曲間に挟まれるどうしようもなくラリラリなMCでもって、この人はロックに何かを刻印してしまってもいるのだと思う。トラウマになることは、間違いない(とはいえ、B面5曲目、パティ・パラディンとの「Great Big Kiss」の、後年の「コピー・キャット」アルバムに思いを馳せさせてくれる掛け合いでは、かなり癒されもします)。

New Too Much Junkie Business

New Too Much Junkie Business

「カセットで聴くこと」を天命としているような音源集だと思うが、今はCDでも手に入るみたいだ(知ってたけどね。MCカットしてないだろうね)。