みみのまばたき

2006-2013 箕面の音楽・文学好きの記録です。

香山リカ『ポケットは80年代がいっぱい』、イルリメ『イルリメ・ア・ゴー・ゴー』

昼休みに本屋で見つけたのが、この本。

ポケットは80年代がいっぱい

ポケットは80年代がいっぱい

香山リカ」が、リカちゃん人形の「本名」で、名付け親が「山崎春美」(当時『HEAVEN』編集長)だったとは、驚きでした。香山リカ本は実はほとんど読んでないのですが、これはストライクゾーン。宮沢章夫の『「80年代地下文化論」講義 』、岡崎京子東京ガールズブラボー』とか、個人的に痛いところでは村上龍坂本龍一の『EV.cafe』とか。EV.Cafe  超進化論 (講談社文庫)
書名は著者も隠れファンだったというYMO再生時の曲名のオマージュたっぷりのもじり、と曲解しながら読むと感慨ひとしお、かと。『』や『HEAVEN』は知らないけれど、濃いかった時代の『FOOL’S MATE』(ヴィジュアル系雑誌となったアレは別ものです)は好きだった僕のような人間は、このへんの文化圏に乗り遅れつつ、あこがれ続けた最後の世代なのかなあ、と思う。
本書の冒頭に引かれた

ニューウェーブは、元気も勇気も感謝も与えてはくれない。けれど、いつまでも80年代時代は僕たちにといかけてくる。それは本当に、贅沢で幸せなことだと思う。

という中塚圭骸氏の言葉は、ほとんど80年代に対して僕らが思うべき「すべて」だと思う。「80年代」というものは、特定の時代にたいして愛着や郷愁をなかなか抱かせてはくれないというジレンマ込みでの時代の謂いだと思う。ここに少し世代が遅れるとしても『黒山もこもこ・・・』の世代感も包含され得る。一般に「80年代」とひとくくりにされている「時代」が、郷愁を感じる相手でもなく、いつでもリプレイできる古傷の甘酸っぱさのような感覚を、80年代というものはじつは許容もしてくれず突き放すようなところがある(笑)。いつまでも気の抜けない古い友人、でなくて「知人」(京極堂)あたりが妥当だと思う。音楽も文化もやっかいなだけの金(と暇と心)喰虫だ。誰もタダ乗りし放題だなんて、実のところ言ってはいなかったのだから、それでよかったのだ。

仕事がはねたら難波なので、まあ、ふらふらしようと思えばどこへなと行けるわけですが、以前から気になっていたけれどいかなかった「K2レコード」へ行って、やっと会員になる(遅!)。お店で「K2」をおしえてくれた友人にばったり。かなり恥ずかしい。イルリメの『イルリメ・ア・ゴー・ゴー』など6枚ほど借りる。

イルリメ・ア・ゴーゴー

イルリメ・ア・ゴーゴー

はじめてまともに聴くイルリメ、いいなあ。ラッパー(・・・になるの?)聴きながら書くのもなんですが、パンクロックって、こういう元気をあたえてくれるものの事であって、ほんとはロックのことですらない。なくていい。イルリメの直後にペル・ユビュの「Waiting for Mary」を聴くと、見事につながる。どちらの「躁」も誠実に「ポップ」。