みみのまばたき

2006-2013 箕面の音楽・文学好きの記録です。

グラスの音色とピアノ移植:Annea Lockwood『Early Works 1967-82』

EARLY WORKS 1968-1982

EARLY WORKS 1968-1982

去年書いたエントリーで、ハドソン河の音を録った作品について感想をごそごそ書いたニュージーランド出身の女性作曲家・パフォーマー、Annea Lockwoodのタイトル通り初期作品音源が、またもやEMレコードさんからリリース。EMレコードのリイシュー能力の高さは目の付け所だけでなくて、単に旧作をひっぱりだすのではなくて、きちんと資料性の高いものにコンパイルして再掲示しているところだと思います。『トラヴェロン・ガムラン』もそうでしたが、今回もアーティスト本人によるコメントがブックレットに寄せられていて、無理解・誤解から理解へとこれ以上は望めない形の最良のガイドをしてくれている。
今回のリイシューに関しては、音源と資料面の二本立てといえるみたい。
音源面では、様々なガラス製品(巨大なガラス板や、細長いチューブ状(にみえる)ものが箒のように垂れ下がったものや、ガラス瓶をツリー状に構成したもの)を鳴らす『The Glass World』(1968-1970)を全編収録と、トランス儀式のテープ音源と共演した『Tiger Balm』(1970)が収録。
『The Glass World』は、

私はそれぞれの音をそれ自体がひとつの音楽作品のように扱いました。私にとって、全ての音はそれ自身の一瞬の形を持っており、それは小さく瞬くリズム、音色の推移によって構成されているもので、勢いを持ち、明滅し、それ自身の構造の中で生をまっとうするのです。

当時のライナーより

という本人の言葉通り、ガラスを叩いたり、摩ったりする音そのものの中に音楽を見よう/聴こうとしている。なので、トラックひとつひとつは楽曲という体は為してはいないのだけれど、一音一音の盛衰が決して他に殺がれることなく自分の生をまさにまっとうしているし、そういった微視的ディープリスニングをせずとも、音色の表情が変わっていくこと自体を楽しめるものになってます。
もちろん、Lockwood自身がガラスを演奏しているわけですが、ここには見事に「表現的な手癖」とか「表現内容」といったバイアスが見当たらない。ただ、音が聴きたいのだ、というケージが宣言しつつ、後の世代が正確な意味では真っ当しなかった種類の姿勢は、『サウンド・マップ・オブ・ハドソンリバー』もそうでしたが、ここでも透徹していると思う。
Tiger Balm』は、以前出たアルバム『Breaking The Surface』収録の『Duende』に通じる方法論に思えた。こういったトランス的な儀式性、それを対象化するのではなくて、自分がそっちへ入っていってしまうようなやりかたもまたLockwoodの作風の一つである様子。

資料面での目玉は、Lockwoodの有名な初期の『ピアノ移植』作品の紙上リアライゼーション。ピアノを燃やしたり(『ピアノ・バーニング』)、田舎風英国式庭園に埋めたり(『ピアノ庭園』)、池にゆっくりと沈めたり(『ピアノ・ドローニング』)、海辺に放置したり(『サザン・エクスポージャー』)、こんだけ書くと、何かピアノに恨みでも?っていう印象でしょうが、ピアノを破壊することが目的でないのは、ブックレット上の記録写真を見れば明らか(だと思う)。ちゃんと修理期間をとうに過ぎたピアノを使用している。いわば、どうしようもなく「音楽」を背負った機械であり、個別的にその寿命を全うしたピアノを、燃やしたり、埋めたり沈めたりという一見破壊的な手法で、別の文脈に移行させる。
それは、古典的な「異化」の手法といってしまえばそれだけかもしれないが、そこはLockwoodの優しげな手つき(写真や文章、他作品の音源から受ける印象をこう表現してみる)が、ゴリゴリの実験主義の冷たい質感から、何か暖かいものに掬い上げている。
そんな、ピアノを「魂送り/再生」させるイヴェントとしてこの一連の「作品」は現在も継続しているのとのこと。
それにしても、色々思いつくもので、あと残ってるのは「ピアノ・フライング(飛行するピアノ)」くらいなんじゃないか・・・。

Duende Delta Run

Duende Delta Run

Sound Map of the Hudson River

Sound Map of the Hudson River