みみのまばたき

2006-2013 箕面の音楽・文学好きの記録です。

映画『ニューヨーク・ドール』を観る

今更ですが・・・これもDISCASで。
Sarah Jane Morrisのアルバムの『August』を聴きかえして、久しぶりにジョニー・サンダースの『You Can't Put Your Arms Around A Memory』を聴いて、あらためてなんて良い曲なのだとスイッチが入ってしまった。

ニューヨーク・ドール [DVD]

ニューヨーク・ドール [DVD]

これは、1970年代のグラムとパンクを架橋した(と書くとすごく恥ずかしい)バンド「ニューヨーク・ドールズ」のベーシスト、アーサー”キラー”ケイン(2004年没)を追ったドキュメンタリー。「ロックは物語だ」とは、裸のラリーズでなくても思いつく台詞だが、またしてもロックに物語性が付加されてしまったのかと言われれば、このフィルムの場合、それはちょっと違った軸をもった話なのだと反論しておきたい。

ひとつのロックバンドが何十年にもわたって愛され続けなければならない理由は今では特にない、にしても「セックス、ドラッグ&ロックンロール」(最近はあんましいわなくなった?)を地でいったこのバンドはあまりに報われなかったといえる。
70年代、プログレなどの大仰でクラシカルなスタジアムロックティーンエイジャーを退屈で絞め殺そうとしていた頃に、ニューヨーク・ドールズは、どぎつい女装と解り易い音楽(F**k Art,Let's Rock!)で登場したが、自らの素行の悪さが災いして短命な活動に終わった(正式盤2枚、海賊盤無数)。

ニューヨーク・ドールズ(紙ジャケット仕様)

ニューヨーク・ドールズ(紙ジャケット仕様)

悪徳のジャングル(紙ジャケット仕様)

悪徳のジャングル(紙ジャケット仕様)

ピストルズに狙いをつける前のマルコム・マクラレンが一時期マネージャーをやっていたり(メンバーに真っ赤なレザーを着せた)、元スミスのモリッシーがファンクラブに入っていたり(FC会長だった、という説は本人よって否定されています)瑣末なエピソードもあるにはあるが、活動中にドラッグ禍によってドラマーが急死、その分裂後、(確か)サンダースと「ハートブレイカーズ」(一時はリチャード・ヘルもメンバー、バンド名が元でトム・ペティに喧嘩を売ったらしい)をやっていたジェリー・ノーランも、またもやドラッグでくたばり、80年代の「バッドボーイズロック」ブーム(・・・。)のオリジンとして多くのリスペクトを集めながらソロ活動を続けていたジョニー・サンダースも、やはりドラッグでこの世を去り、この頃のバンドの常で、活動時の2枚のオリジナルアルバムの印税すらまともに支払われていないという、なんだかそこまで不幸なロックバンドを戯画化しなくてもいいだろうという気持ちにさえなる、イギー・ポップのストゥージズに次いで「早過ぎた」バンドの一つの典型だった。
D.T.K. Live at the Speakeas

D.T.K. Live at the Speakeas

が、その音楽自体は、プロト・パンクというよりは、デヴィッド・ヨハンセンのやんちゃなヴォーカルやジョニー・サンダースのよれよれながらおいしいところだけ持っていくギター、シルヴェイン・シルヴェインの憎めないキャラなど、オールディーズポップスを下品な陽気さに突っ込んだようなところもあり、今聴いてもひとなつっこいところがあり、元気になる。「ストーンズへのアメリカからの回答」ともいわれたようだが、むしろ当人達はイギー&ストゥージズの影響の方が大きかった(サンダース談)というのも、変なところに腑に落ちてきておもしろい。
そのニューヨーク・ドールズが30年の時を経て、2004年の「メルトダウン」フェスティバル(モリッシーのキュレーション)で一夜限りの再結成を遂げた。その過程のドキュメンタリーなのかといえば、そう単純でお気楽な作品にはなっていない。もしそれだけの作品なら、ドールズのファンだけが見ればいい作品であり、何の感慨も残さない作品だったろう。
インタビューでモリッシーが「ドールズの再結成がなくても、この映画は作られただろうね」と言っているように「メルトダウン」での再結成ライブがこのフィルムの山場であることは確かだが、この作品が平坦なものになっていない理由はそれだけではない。ひとりの無名な男の人生を共有できる形に昇華しているからである。
ベーシストのアーサー・ケインは、最初期「アクトレス」というバンドだった頃からの創立メンバーで、元はギタリストだった。フィルム中の自身のコメントに拠れば、「ドールズ」との命名もケインによるものだったようだ。サンダースが加入してケインはベースにスイッチし(よくあることだ)、サンダースよりも上手いボーカルとしてヨハンセンが加入し、ドールズはブレイクした(以上、『From The Velvets to The Voidois:ルーツ・オブ・NYパンク』シンコー・ミュージック刊 に拠ります)。そんな経緯もあれば、バンド解散後、他のメンバーがそれぞれ活躍していくのに比べて、音楽を続ける場にすら恵まれない境遇はケインには耐え難いものだっただろう。ヨハンセンとの確執もあったようだ。ケインは、絶望と貧困の中で、遂には投身自殺まで試みる。どん底の中、信仰に生きる意味を見出しモルモン教徒となった。この十数年は、教会のために働いているという。かつてはリムジンに乗ってライブへ赴いていた自分も今や勤務先へバス通い、と自嘲的に言うが、その口ぶりにはすでにルサンチマンはなく安定している。そんな男の人生の最後の時間を、このフィルムは丁寧に拾い上げて撮っている。
From Pumps to Pompadours

From Pumps to Pompadours

監督自身、特にドールズのファンだったわけではなく(おそらく活動していた時代に生まれてもいないのでは?)、この作品が長編第一作で、職場の関係でケインと偶然知り合い、あまりに彼が30年前のバンドを懐かしむ(監督の証言によれば30秒ごとにドールズの話になる)のに強い印象を受けていたという。
そのケインが、急にバンドがロンドンで再結成することになったので、質に入れていたベースギターを請け出す金を都合させられるところから、この映画のための撮影を開始したようだ。だからそもそもの動機としてドールズについての映画制作があったわけではなく、単に身近にいた物静かな初老の男が、その昔「ニューヨーク・ドールズ」というちょっと有名だったロックバンドでベースを弾いていた、というもので、それは、監督によるロック業界人への質問のことごとくがどこかピント外れなのと対照的に、ケインの上司の神父や勤務先である教会図書館の同僚のおばあさん達のコメントの方が、よほど的確にケインの人柄と生活をまったりと描きだしていておもしろいことからもはっきり分かることである。もし監督がドールズのファンであったなら、こういうバランスを得ることはおそらく無理だったろう。あくまで、アーサー・ケインという今では信仰に生きる男だが、30年前にはイギリスまで渡ってその悪名を轟かせたバンドのベーシストで、その青春のやり直しを望まない日は一日としてない、というペーソスを感じさせずにはいられない顛末をフィルムに残しておきたかったのだ、という動機が、この作品を味わい深いものにしている。
メルトダウン」での再結成ライブはツアーさえ期待される程成功を収める。その過程はもう、全ての波がドールズ側を向いており、観ているこちらも「ああほんと、よかったよねえ」とぬるいまなざしで見送る体勢になりながら、どこかでこのバンドがこのままハッピーエンドで済む筈がないという妙な確信もあったりする。その予感の通り、ライブの20日後、ケインは白血病であることが判明し、あっさりと逝ってしまう。モリッシーの「ここまでついていないバンドがあっていいのか」という嘆きを待つまでもなく、とてつもなくたちの悪い冗談に付き合わされているかのようなオチだ。これでドールズは、メンバー6人中3人をも失ったことになる。
それでもこの作品が観る者に(おそらくはドールズを聴いたことがない者にも)最後にはアーサー・ケインというひとりの男に対して、親しみと同情をおぼえずにはおれないだろうと思えるのは、例えば、30年もの間待ち続けたライブの直前数分前、楽屋にメンバーを揃えて成功への祈りを捧げるケインの姿が、何か普遍的な感情に深く訴えてくるものを持っているからだろう。
ケインは、確かに何かを成就して、そして幾分かは自分の人生に満足して去っていったのではないかと思わせてくれる。
ボーナス・メニューにシド・バレットの衣鉢を継ぎディランの歌心を持つイギリスのアシッド・フォーク歌手ロビン・ヒッチコックのインタビューが収録されている。ヒッチコックはマネージャーがデヴィッド・ヨハンセンと同じ事務所という理由で、再結成ドールズのギタリストのオファーを受けていたらしいが、「僕の音楽はなんというか、サイケデリックなフォークだからドールズには合わないと思ったんだ」と誠に賢明な形で辞退したらしい。そのヒッチコックが、この『ニューヨーク・ドール』を観た後、わけもわからず切なくなって作ったという映画と同名の曲を弾き語りする映像がある。アーサー・ケインから親しい誰かに宛てた手紙という体裁の歌だが、これもまったく安直な言い方ではあるけれど、しみじみとした哀惜があり、このドキュメンタリーが持っている何か重要なことの一部を探り当てているように思えてならない。

気がつけば教会にいた。
僕らの知っている世界より
偉大な何かが僕には必要だった。

でも君の記憶の図書館で
人々は彼ら自身の本の中に生きている。
そのページが閉じられるまで。
彼らがいつか君のページも閉じるように
僕のページも閉じて欲しい。

ごく稀に、人々は大事な存在になる。
そして彼らはまた去ってしまう。

敬具
アーサー・ケイン

From NY.Doll by Robyn Hitchcock

Ole! Tarantula

Ole! Tarantula

ヒッチコックの『ニューヨーク・ドール』は、このアルバムの最後に収録されている。

メルトダウンでの復活ライブの様子はこちら。DVDもあるようだが、この『ニューヨーク・ドール』を観れば個人的には十二分な気も。