みみのまばたき

2006-2013 箕面の音楽・文学好きの記録です。

もっとよく聴いてみよう。:ヘンリーカウエル自身の演奏による『PIANO MUSIC』

もうすぐ2006年もおわりということで。年の瀬につきなにやらワサワサとして一年の総決算をせねばならないような雰囲気です。が、このブログはあんまり関係ありません。

Piano Music

Piano Music

これは、アメリ実験音楽の始祖の一人に数えられるヘンリー・カウエル最晩年にあたる63年のカウエル自身による自作ピアノ曲が聴けます。大体1912年〜1930年くらいまでに作曲されたものの様子。 Smithsonian/Folkwaysから出ています。いいですね。
カウエルといえば、バルトークが語の使用許可をカウエルに求めたともいう「トーン・クラスター」(WIKI)と、後年弟子筋のジョン・ケージがプリペアド・ピアノに発展させたピアノの「内部奏法」という二つの技法(WIKI)、というのか現代音楽上の革新を行ったことが有名、のようですね。専門的なことはWIKIなどでお調べください・・・。
私の予備知識はかなり心もとないもので、ただただケージやルー・ハリソン(共にカウエルの弟子。特にハリソンは作風が通底している気が。)の曲と一緒になっていた『SET OF FIVE』asin:B000000R2Wスでのカウエルの曲が素晴らしかったのと、柿沼敏江さんの本『アメリ実験音楽民族音楽だった』ISBN:484590571X、タイトルを最もわかりやすく体現している作曲家・・・のように感じたからです。

ケージ「彼(カウエル)は、初めてピアノを拳で、前腕で弾いた人です。また初めてピアノの内部で、直接手で弦をはじいて演奏した人です。彼はまた弦の上にいろいろなものを置くことを考えつきました。たとえば縫いものをするときに使う卵型のものをね。それを弦の上に置いて動かすと、倍音グリッサンドがでました。ただ、それにはある程度重いものでないとだめなんです。またカウエルはリズムについての重要な本を書きましたが、残念ながらまだ公刊されていません。私は読むことができましたが・・・。」
ダニエル・シャルル「それを活用しましたか。」
ケージ「もちろんです。」
「小鳥たちのために」ISBN:4791750829 p.52

一曲目の『マノノーンの潮流』はいきなり左手のクラスター奏法による「どどろ〜ん、ででろ〜ん」としたいかめしい不協和からイントロづけられまして、「うわ、もしかしてずっとこれかいな?」と思った瞬間に、素朴で情感たっぷりなメロディーが右手で、まるで右のクラスターの荒波を渡ってくる健気なイカダかなにかのように奏でられるという、圧倒的なイメージであります。アイルランドの民話に材をとっている様子。
ライナーを読むとこの曲なんと、カウエル15歳のときに初演されているそうです(1912年)!神童、だったんすね。両親は『荒野の呼び声』の作家ジャック・ロンドンとも交流があったそうです。
とかく技法上の新奇な印象を与えがちな実験音楽ですが、こういう音楽を聴いてますと、少なくともカウエルには作りたい音楽に対して、はっきりと「ピアノの語法」の方が拡充されるべきものだったのだということがわかります。ときどき息苦しさを感じるほど鬼気迫るテンションは、セシル・テイラーの即興演奏と区別がつかないときも。
ほかに面白いものを挙げますと、『バンシー』は「内部奏法もの」でピアノ弦をこすったりはじいたりして異様な雰囲気をかもしています。バンシーというのは女の妖精らしく、変な声で鳴いて死期の近い人間を呼びに来るらしいです。弦の音を出すためにペダルを押し下げている必要があり、演奏者ともうひとり「ペダル押下係」が必要な曲とのこと。
『エオリアン・ハープ』は、ピアノの弦のみを使って、風で演奏されるハープをピアノで模したもので、これも鍵盤が弾かれることは一切ありません。
要するに「ここにピアノがあるが、音楽は新しい音を求めているので、別の音が出したい。いや出るはず。なんとかしてみよう。」という勇猛果敢で邪気のないまことにイマジネーション全開の精神の態度なわけで、この人の後であったればこそケージの自由な実験が可能だったこともよくわかります。
それにカウエル本人による演奏ということですから曲想自体これ以上にオリジナルな形は望めないのではないかと。演奏自体も緊張感あふれて鬼気迫るものです。
一年いろいろ聴いたような気がしますが、継続してアメリカの実験音楽をもっと知りたい聴きたいと思うというのは、やはり下のようなエピソードが素人のリスナーである僕にとってもとても腑に落ちるものだからだと思います。

ディック・ヒギンズは、カウエルは実験的でもあり、また保守的でもあったとし、つぎのようなエピソードを紹介している。あるときケージのクラスで学生の誰かが、カウエルはジグやリールのようなものだけを書く作曲家になってしまったと不満を言ったときに、ケージは微笑みながらこう言った−「もっとよく聴いてみよう」と。おそらくカウエル自身が教え子たちに同じことを言っていたに違いない、とヒギンズは言う。
柿沼敏江アメリ実験音楽民族音楽だった』p.80

そう、「もっと、よく聴いてみよう」。
聴きなれた音でも、耳をそばだてれば新世界がみつかる。
この態度が、僕は一番すきなのだった。

本盤の最後には、カウエル本人による曲の解説もついています。
おすすめしておきます。