みみのまばたき

2006-2013 箕面の音楽・文学好きの記録です。

「精神の管理社会をどう超えるか?―制度論的精神療法の現場から」が届く

nomrakenta2006-08-18


先日「書肆 砂の書」さんでガタリネグリの共著を在庫確認したところ、生憎先客に売れてしまったとのことで、丁寧なお詫びのメールがありました。
ネット上の売買なので当然売約済みの可能性はあるわけで、そのため在庫確認するわけなので、書店さんのミスとも思ってはいないんですが、毎回丁寧な対応をして頂いて、こちらが恐縮してしまいます。

ところで、写真のアマゾンマーケットプレイスで注文した古書が届く(¥13,000!)。
ガタリやトスケル、ジャン・ウリのラボルドで展開している制度論的精神療法に付いて2000年に日本の編者によってまとめられたもの。
ちょっと尋常ではない金額ですが、この本、以前から「砂の書」様でも探索かけていただいてましたが、設定金額が相場(アマゾン、ヤフオク)の半値以下だったので出てこようもない。「砂の書」さんから版元では再販の予定なし、返本もなしとのこと。もう収まりつかないとこまで来ていたので大枚叩くことに。この本についても、「砂の書」さんのように、状況を丁寧に説明してもらえれば、こちらとしては、十分に納得した買い物ができるので非常に有難いです。決してポンと出せるような額ではないので。


ロマンティックな狂気は存在するか (新潮OH!文庫)」以来、「なにが正常で何が狂気か」「狂気を峻別し、矯正する権利があるのか」といった価値転覆を目論んだ問い直し自体が、奇特なロマンティシズムと甘えの態度に毒されてはいまいかという疑問は、10年ほど前のアール・ブリュットのブームなどを横目で見つつ、自分に対して、ずっと継続している。
ジジェクの著書「ジジェク自身によるジジェク」にドゥルーズ+ガタリの、アルトーゴッホに見られるような狂気を現代社会を超える方法として称揚する傾向に苦言を呈する言葉に、ハッとさせられたりもした。

なぜなら彼らには(ドゥルーズ+ガタリ 引用者注)資本主義の分裂症、悪いパラノイアという観念があり、それが良い革命的な分裂症へ爆発すると考えているからです。しかし、思うにドゥルーズガタリは、狂気を、ある種の擬似−精神医学的に称賛することに危険なまでに近づいているのではないでしょうか。狂気とは人々が苦しむひどく恐ろしいものであり、そしていつも思うのですが、侠気のなかに解放的次元を試したり、見出したりするのは間違っているのです。
(同書P212-213)

結構的を射ている意見のように思える。自分自身、ドゥルーズガタリをそのように読もうとしていたと思う。
上記の点を踏まえて、この本がどんな感興をもたらしてくれるかは今は不明。